短編
□ボクは飼い猫である。
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ボクのご主人は、群れるのが嫌いだそうです。
■□■ボクは飼い猫である。
人間はみんな、ボクを同情に満ちた目で見降ろしていた。
ちょっとした不注意で、人間の乗り物――くるま、って言っていた気がする――に轢かれてしまい、それからよくその目で見降ろされた。
けれど、人間は何もしてくれなかった。
前の主人は、僕をダンボールに入れて夜道に置き、去って行った。
寂しくは、なかった。
ただ、裏切られた感情にも似た――恨みと憎しみと絶望が渦巻いて、壊れそうで仕方がなかった。
世界がどんどん色あせていく中、とある日、ボクが捨てられた場所の近くで、人間の子供同士の喧嘩があった。
猫の世界にもよくあるそれとは、似て非なるもの。
彼らは、相手を切り裂く鋭い爪も、敵を穿つ鋭利な牙も持たないから、ほとんどの場合は殴り合い。
けど今回は、武器と呼ばれる道具を使っている子供が、『ひとり』、いた。
その『ひとり』、対、多数。
…圧倒的に不利な『彼』は、圧倒的に強かった。
「ぐあっ!!」
『彼』に吹き飛ばされた一人が、不意にこっちに飛んでくる。
あ、危ない――このままじゃ下敷きになって潰されてしまう。
でも、ボクは避けようとせず…いや、動こうとせず。
…むしろ、動けないんだ。
ただ、降ってくるその体を見詰める。
一瞬、落ちる体の向こうからこっちを見る『彼』と目が合った気がした。
――ドッ!!
音と、衝撃。
暗闇となった世界に襲う、圧力。猫のボクに、例え少年と言えど人間の体は重すぎる。
ぐるぐると小さく唸るしかできなくて、けど聞こえた足音に反射的に耳をピンと立てた。
ドカッ、…音と共に消えた圧力に目を瞬かせる。
目の前にあるのは、人間の皮靴。そのまま見上げると、『彼』がボクを見下ろしていた。
「…何で、逃げないのかと思えば…」
気付くと、多勢いた少年たちは、今ボクの目の前に居る『彼』によってだろう、地に伏していて。
『ひとり』で戦っていた『彼』だけが、無傷で立っていた。
「キミ――前足が、ないんだね?」
正確には、右前脚の途中から。
くるまと言う乗物に轢かれた時に、その車輪に巻き込まれ、引き千切られたもの。
ボクの不注意の、代償。
でも、後悔はない。ボクはボクで、こうなったのはボクのせいで、他の誰のせいでもない。
嘆いたってどうにもならない事実。
これによって招かれた死がやがて訪れるなら、抗わず受け入れる覚悟だけれど。
…『彼』は、面白いと思った。
だって、人間はいつだって、前足がないボクを見て同情に満ち満ちた目で見降ろすだけだった。それ以外の目でボクを見たことは――多分、ない。
それなのに、『彼』は――笑った。
「…気に入ったよ」
――その、何にも囚われようとしない様が、特にね。
不敵な、笑み…そう表現するんだろうか。
自信に満ち満ちた笑みで、ボクを見下ろして、そう言った『彼』。
それはまるで、ある種の『神』にも似た――。