柳 蓮二

□青春アンチテーゼ
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泣きそうになった。
でも涙は出なかった。

それはいつものこと。

だから泣きそうになった事実なんて、毎回無かったことになる。


こういうちょっとした事件は日常頻繁に私を襲うようになった。

よくもまぁ2年ちょっとの間で耐性がついたものよ。


テレビの中に名前も知らない家族がいて、

私はその向こうがわに見えないはずの何かを見る。

愛情を名前にしたような子供が「パパ、パパ、」って言ってて、
そのパパと呼ばれた男性は、世界で一番大切な存在をだいじにだいじにその腕におさめて、
世界で一番しあわせそうな顔してた。

そうね、その子をだっこした手で私の頬を撫でるのね。

隣で微笑む女よりも私の方がキスが上手いのかしら!

ただそれだけのこと。

これって別に今気付いた感情じゃあない。

いつものこと。

酷く惨めで酷く馬鹿げてて、
自分という存在には只の一寸の光もないような、そんな感情は、
もう随分と昔っから
私の精神を根っこから腐らせて、それだけじゃ飽き足らず。


「でも私先生が好きなの、だーい好きなの」


呟いた唇はカサカサと音を立てて、
多分あのひとがキスをくれても潤ゃしない。

だってそのキスには、信頼に足る愛なんてもんがこれぽっちもない。

解ってる。解ってた。

私だって馬鹿じゃない。

あのひとが紡ぐ音色の90%が、綺麗な嘘の旋律を奏でて私の耳を誤魔化しているなんてこと。


その証拠に

待てど暮らせどあのひとの左の薬指に鎮座する銀色はいつも、
私を軽々とこの世のおわりみたいな気持ちに連れてくの。


少しの優越感と、それに勝る罪悪感と虚無感と、

ぐるぐるぐるぐる

どれがホントの私の気持ちなんだか、
(全部なんだろうけどもさ)

ぐるぐるぐるぐる

もう出れないの、
苦しくて切なくて
甘美な痛みはまるで麻薬のようで、
(打ったこともないけどもさ)

あのひとが求めてくる限り、何度でも求めてしまう。

まるで蜘蛛の巣にかかる頭の悪い蝶々の気分。

素敵じゃない?
そんな自分に酔い痴れる人生も、
このひろーい宇宙にあったっていいじゃない?


「ね、柳もそう思うでしょ?」

「詩人気取りか、めでたいものだな」

「私って世界で一番不幸で一番幸せなのかもね!」







青春アンチテーゼ



(素直に泣くのなら、お前はまだ腐ってないと思うぞ)
(泣くもんか。)
(泣かせてやろうか?)
(私のこれまで、どう責任取ってくれる訳、)
(お前の嫌いな輪っかをここにはめてやろう)
(それは非常に自虐的で、いい逆襲だわね)








(こうして、2年分の涙は、
善き相談相手の制服に綺麗に綺麗に吸い込まれていきました。)
(鼻からスンと香るのは、煙草の匂いなんかじゃありませんでした。)
(これがそう、青春だったのです。)


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