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□リストカットゲーム
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「澪にはわかんないよ」
そう言って、彼女が背を向けるのを見つめていた。
止める理由を思い付けなくて、ただ黙って涙に歪む彼女の後ろ姿を見送った。
誰よりも彼女を愛していたのに。
それが彼女に伝わることは、きっとこの先、永遠になくて。
一番の友達だよ、なんて笑い合った日も、もう帰ってこないんだと悟った。
「わかんないなら、もう、知らないから」
彼女からの初めての拒絶…当り前だ。
いままで拒絶しなかったのが、むしろ不思議なくらいだ。
あたしは甘えすぎていた。
彼女の惜しみない優しさに、だからこれはその報い。
愚かな自分への当然の罰なんだ。
それでも苦しくて、悲しくて、母親に放り出された子供のような気分で、涙が止まらなかった。



きっかけはとても単純だった。
クラスでも社交的なほうではなくて内気だったあたしは、些細ないじめに合っていた。
今では、いじめと呼べるのかどうかさえ思い出せない。
陰口を叩かれる程度で、いつも彼女に守ってもらっていた気がする。
「大丈夫、あたしは澪の味方だからね」
そう言って、彼女はあたしを優しく抱きしめて、髪を撫でてくれた。
優しくてかわいくて…誰もが好きになるような彼女。
いつのまにかそんな彼女のことが、好きになっていた。
それからのあたしといったら、彼女の気を惹きたくて必死だった。

どうしたら、あたしだけを見てくれる?

そうやって考え付いたんだ。
バカなあたしが、可哀想な自分を演じることで、彼女があたしを見ててくれると。




リストカットをする若者が急増している。
この病んだ世の中のことだ、そんな人間がいたっておかしくない。
実際、あたしもその中のひとりだ。
初めて刃物を自分の手首に当てたときは、正直こわかった。
それでも彼女が見てくれるのなら、彼女が振り向いてくれるのなら…そう思って、スタンドライトの光に反射して、鈍く光るそれを強く引いた。
一番最初のそれは痛かった。
震える手に、無駄に力を入れすぎたせいで浅く切れたそこはヒリヒリと痛い。
痛くて泣いたのに、すすり泣くような嗚咽はいつのまにか歪な笑い声に変わっていた。
これで彼女は見てくれる。
あたしは嬉しくて、何度も何度もそこに傷をつけた。





後日、ボロボロになったあたしの手首を見て、彼女は心配しながらも「もう、しちゃだめだからね」と、キツイ顔で言った。
そこでやめておけばよかったのに…彼女に心配されたくて、あたしは毎日のように行為を重ね、傷を増やしていった。
そのうち、血を見ることで妙な安心感を覚えることがわかった。
彼女に伝えられない気持ちが最高潮に達したとき、そこを切って溢れ出す血を眺める。
嫌なことがあっても、リストカットをすることで気持ちが楽になった。
段々、死にたいと思うことが多くなってきた。
彼女に構われたくて始めた行為に、気がつけばあたしは夢中になっていた。
周囲もますますあたしに近寄らなくなった。
何度も何度も、上から重ねて切るせいで膿んだ傷口は、ロクに処置も施さないから剥きだしの状態。
さまざまな人から向けられる、好奇の視線にあたしは耐えきれなかった。
そうしてまた手首の傷が増えて……。
ついに、その日はやってきた。



その日も、あたしは彼女に傷ついて、醜く抉れた手首を見せた。
「莉子、またやっちゃった」
「澪……」
あはは、と笑うあたしを彼女はキツく睨みつけた。
今までに見たこともない彼女の表情に、背中を嫌な汗が伝い落ちた。
自分のしている恥ずべき行為をひけらかしていることが、恥ずかしくて仕方ない。
でも、彼女のためにしているんだもの。
彼女はあたしの気持ちに気づくべきなんだ。
どこまでも自己中心的な考えしかできなかったあたしは、そうやって彼女の次の言葉を待った。
「もう、いいよ…もうやめてよ」
ふいにあたしに向けられていた視線が外された。
今まではもうしちゃだめだよ、と言って、あたしを叱ってくれていたのに。
どうして、そんな風にあたしから目をそらすの?
「莉子…」
「澪にはわかんないよ」
あたしは、はっとなって彼女の顔を見た。
悲しそうに顔を伏せた彼女の顔は、今にも泣き出しそうに見えた。
もうしないで、と彼女は言った。
そう言われたくて、何度も約束を破った。
あたしは、自分の欲を満たすためだけに、彼女を裏切っていたんだ。
何度も何度も……。
「わかんないなら、もう知らないから」
背を向けた彼女の背中には、もう手を伸ばすこともできなくて。
目の前には彼女を失ったあたしの、深い、深い絶望が黒い穴となって広がっていた。




楽しいゲームは、こうして終わりを告げたのです。








あとがき

こんにちは、柚季みくです。
人には後悔するときがくる、そういう教訓を織り交ぜて書いてみました。
柚季にしては珍しい悲恋ですが、たまに病んだときこういうのが恋しくなります。
前回もひどいものでしたが…、あれは話の最後に救いがあったので;
次はほのぼのラブ系を目指してみたいと思います。
それではここまで読んでいただき、ありがとうございました。


2008.12.27 柚季みく






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