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□小説の君
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「ただいまーっと…あれ、佳奈?まだいたの?」
「……結衣ちゃん待ってたんだもん」
「あはは、そっかそっか。遅くなってごめんね」
あ、結衣ちゃんちょっと嬉しそうかも。
ほんとは鍵を閉めて帰ろうとしたんだけど、結衣ちゃん、またわざと鞄置いてったの気づいちゃったんだもん。
部長になってから、たまに吉田と別室で雑用してることとかあって、そういうとき結衣ちゃんはわざと鞄を置いていく。
前は鞄持って移動してたんだけど、あたしが部室で、暗くなるまで結衣ちゃんを待ってたことがあって…それからはいつもここに置いて行くようにしてくれた。
ごめんね、ちゃんとここに戻ってくるよ、って結衣ちゃんの無言のメッセージ。
…結衣ちゃんはすごく優しい、誰にでも。
「あ、そうだ。佳奈もう部誌原稿できた?」
「んー全然できてない」
「こら、ちゃんと書かないとだめだからね。部長命令っ」
「…はぁい」
しぶしぶ、と言った感じに返事をするあたしを見て、結衣ちゃんはクスッと笑うと、1年が散らかした原稿用紙を片づけはじめた。
「それじゃ、帰ろうか?」
「うん」
帰り支度が整って、あとは部室を出て鍵をかけるだけになった。
そして今まさに開けようとしていた扉はひとりでに開いて、向こう側に一番見たくないヤツの顔が見える。
「あれ吉田くん、まだいたの?」
「あ、ああ…鞄取りに来たんだ」
「折角だし、一緒に帰る?」
「え、いいのか?」
「いいよ。ね?佳奈もいいでしょ?」
いっ……いいわけないでしょう!!!
…って、叫びたいのを我慢して、あたしは何とか頭を縦に振った。
(本当は嫌なのになぁ…)
ああでも、そんな言い分聞き入れてもらえない感じ…結衣ちゃんと吉田、あんな楽しそうに話しちゃって。
ちぇっ、これじゃあたしが邪魔者みたいじゃな―――ん?
あれ?
そうだ。あたし基準の常識で考えると吉田が邪魔者だけど、世間一般の常識で考えるとあたしの方が邪魔者だよ!!


「ええ、そうなの?」
「そうだよ、吉田くんってほんと面白いね」
「いやぁ…あはは」
三人で帰ってるはずなのに、さっきからあたし全然喋ってない。
吉田と結衣ちゃん、いつの間にこんなに仲良くなっちゃったの?
前はあたしの方が吉田と話してたのに…それに、結衣ちゃんすごく楽しそうだ。
あたしといるときとは、全然ちがう顔してる。
もしかして、結衣ちゃんは吉田のことが好きになっちゃったの?
「藤野、どうしたの?調子でも悪いの?」
ふと立ち止まったあたしに気づいた吉田が、声をかけてくる。
「辛いなら、送って行こうか?」
「……うん」
もうこれ以上、吉田と楽しそうにしてる結衣ちゃんなんか見たくなくて、あたしは何も考えずに頷いてた。
結衣ちゃんは何も言わない。
一体どんな顔をしてあたしを見てるんだろう?
そう思って、俯いていた顔をあげると、怖い顔でこっちを睨む結衣ちゃんと目が合った。
……やっぱり、そうなんだ。
結衣ちゃんは吉田が好きだから、一緒に帰りたいんだ。
あたしなんて、もういらないんだね。
「それじゃ篠宮、またあし…」
「…あたし、ひとりで帰る」
震える唇でそう告げるや否や、あたしは吉田を突き飛ばすようにして駈け出した。
もうあんな結衣ちゃんの顔見たくない。
後ろから吉田の声が聞こえたけど、結衣ちゃんの声は聞こえなかった。




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