06/08の日記

17:53
見ていた、その背中。 一条
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 はじめから追い付こうなんて思っていたこと自体、間違いだったのだと責められれば返す言葉などない。僕は、あまりに身の程知らずな恋をしていた。憬れていたのは、完璧すぎるあまりにいっそ哀しい、まっすぐなひとだったのだから。
 生徒会長、かっこいい、頭脳明晰、クール、部長、やさしい、御曹司。あのひとを飾る言葉は賞賛とやっかみが綯い交ぜになっていくらでも存在していたけれど、僕はそのどれも、彼を精確に捉えることはできていない気がしていた。ふいに見せる寂しげな表情や、公の場に出る前の一瞬の緊張。そして、触れた手のあたたかさ。
 だれも、気付いてはいなかった。隠れていたんじゃない。意図的に隠されて、誰も見ようとはしなかったんだ。

 そして。彼は、いってしまった。僕は追い付かなかった。あのひとに肩を並べて、そしてその重荷をいくばくかだけでも、僕が担うことができたなら。ほかは、なにもいらなかったのに。僕が、彼を取り囲むすべてのひとが、無力だったせいで。彼は、いってしまった。


 けれどある日僕は見つける。彼が座っていた、生徒会室の大きな机の引き出しに。走り書きしたような、乱れた彼の筆跡を。




『追い付かれては、いけない。俺は、追われていなくては。』

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