ご献上の品々
□敵、常に我らの身近にあり【2P】
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「ねえ、ルーク。ちょっといいかしら?」
今日の宿として厄介になるシェリダンに早めに辿り着き、宿屋のロビーで寛いでいるところ初めにそう声を掛けてきたのは、ティアだった。
「この間の続きで、あなたの第七音素の特訓をしたいのだけれど…どうかしら?」
「ん…ああ、そうだ」
「ああっ、探したよルーク!!」
ルークの承諾の返事は、甲高い少女の声に強制的に遮られた。
次に訪れたのは左側からの衝撃。アニスがルークに抱きついてきたのだ。
「うわわっ、アニス!?」
「ねえねえっルーク〜! これからアニスちゃんと一緒に付き合わないかな〜?」
猫なで声でティアを完全にスルーしているというより、ルークに親密そうにしている様を見せ付けているアニスの態度に、穏やかだったティアのスカイブルーの瞳がくくくっと至極物騒に細められる。
「私が話をしているのにいきなり横槍入れるなんて、一体どういうつもりなのかしら…アニス?」
「お、おいアニス…」
下手な般若も真っ青のティアから流れるブラックな雰囲気に流石のルークも気付いて、アニスに注意を促そうと口を開きかけたのだが。
「実はぁ〜今日の夕食! エビドリアにしたいんだけど〜、小海老の殻を剥くの結構大変だから手伝って欲しいの! ねぇいいでしょルーク?」
「お、俺は…」
エビドリア。
それはルークの大好物である海老を使った料理。
この単語で、ルークはすっかりアニスなびいてしまう。
「や…やるやるっ、エビの殻剥き!」
ルーク本人は子供扱いを嫌っているのだが、この辺りはちゃっかり七歳児そのものだ。
だが、当然ながらティアからは反発の声が上がる。
「ち、ちょっとルーク!!」
簡単に釣られないでよルーク、それにルークの好物で釣ろうとするだなんて卑怯だわアニス!
ティアの唇がわなわなと震える。
「お待ちになって、ルーク。」
すると今度はつかつかと堅いヒール音を響かせながら、金髪の幼なじみが悠然と言い放つ。
「お生憎様ね、お二方。ルークはこれから、このわたくしとのアフタヌーンティーを予定しておりますのよ?」
普段の白を基調としたワンピース姿ではなく青みが強い孔雀色の優雅なドレスを纏った『愛国姫』の彼女は、まさにキムラスカ王女に相応しい装いだ。
ちなみにそんな彼女の後ろには、『憩いの配膳者』姿のガイが何故か控えていたりする。
「ルーク、あなた先日仰いましたわよね。わたくしの淹れる紅茶をたまには飲んでみたい…と。」
ずいずいっと幼なじみの前に出るナタリアに、ルークは背中に汗が流れるのを感じていた。
何故ならナタリアの言っている事は事実だからだ。
才色兼備なナタリアの、唯一の汚点。それが仲間たちから地獄とも魔界とも冠される悲惨な料理の腕前の持ち主なのだ。だが、お茶の淹れ方だけは教養の一環として抜群の腕前を持っている事もまた仲間たちは知っている。
ルークもガイも、ファブレの屋敷に居た頃は何度もナタリアからの紅茶に舌鼓を打っているのだ。
『たまにはナタリアの淹れる紅茶、飲んでみたいよな』
以前ルークはそう溢していた言葉に、一同が同意し深く頷いていたのも記憶に新しい。
「だ、だからと言って何もここでその話を持ち出さなくてもいいでしょナタリア!」
「そうだよ! 第一ルークはね、今から私の夕食の下拵えを手伝ってくれるって約束したの! 出しゃばらないで欲しいなー?」
「まあ! あなた方こそ、最近ルークにあれこれと付き纏っていたではありませんか! わたくしもルークと楽しい一時を過ごしたいのです。少しはご遠慮なさいませ!」
バチバチ、バチバチ
バチバチバチ!!
女性三人から凄まじい火花が飛び散るのを、ナタリアの背後からガイは真っ青な顔色で震えて見ていた。
姉上。私ガイラルディアにとって、女という生き物はやはり怖い存在です。
我がガルディオス伯爵家の未来は……明るくないかもしれません。
ガイは心の中で、こう涙していたという。
───こうして、女性陣三人による“ルーク争奪戦”が華やかに幕を開けたのだった。
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