ご献上の品々

□ルーク君、ティアと一緒に料理体験【2P】
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「さてと…粉はこれだけあれば十分ね。それから卵はこっちに置いて」
「まひるのそら、つき〜が♪…って、あれ?」


今日滞在する事になった宿屋の廊下を歌いながら一人でスキップしていたルークは、共同調理場の中で見覚えのあるマロンペーストの長い髪が揺れ動いているのを目に留め、足を止めた。


「先ずはこのウィンナーに切れ目を入れる、か…」
「ねぇ、何やってるのティア?」


レシピ帳と睨めっこしながら作業台に向かっているマロンペーストの女性──ティアに、ルークはとてとてとてっとブーツの踵の音を鳴らしながら近付いていく。

作業台に食材らしき物とまな板と包丁があり、釜戸には小さな鉄鍋が置かれているのを見たルークは、ティアを見上げながらこう聞いてみた。


「えっと、小麦粉の袋に卵に…これってウィンナーだよね? これで何か作るの?」


作業台に腕を乗せて大粒のエメラルドを思わせる大きな澄んだ瞳で見上げてくるルークに、ティアはドキリとする。

(……か…可愛い…!)

その仕草がまるできゅうん、と小さく鳴く仔犬のようで。

だが、ティアは慌てて首を横に振るとニコリと作り笑いを浮かべてこう言った。


「…おやつを作ってみようと思ったの。たまにはいいかなと思って。」
「お、おやつ!!?」


その単語を耳にしたルークの瞳がキラキラと煌めく。
それはまるで本物のエメラルドの輝き、さながらだ。

事件で外見10歳の身体になっているルークだが、本当は17歳の青年らしい。だから子ども扱いはするなよと普段から喚いているのだが、こうしておやつに喜ぶなんてルークもやっぱり子供じゃないのとティアはコッソリとそう思った。


「食糧を買いに行ってたらいいウィンナーが手に入ったから、試しに作ってみようと思ったの。」

「じゃあそのウィンナーでおやつが出来るの!? すっげー! 俺、ティアの作るおやつ早く食べてみたい!」

「ならすぐ出来るから、ルークはイオン様とミュウと一緒に部屋で」
「やだ。」

「え?」
「行かない。ここにいる。」

「ここにいるってルーク、あなたまさか…」
「だって面白そうなんだもん。」


部屋で待っているようにと言い終わらない内に即行で否定され、ティアはたじろぐ。

調理という作業は意外にも重労働を強いるものであり、また調理中は包丁や火元といった様々な器具を使う。それらは一歩扱いを間違えれば怪我につながる代物だ。

様々な事情が重なったとはいえ共に旅をするメンバーも増えた今、持ち回りの調理当番制が徹底しても色々と経験不足のルークには、これらの物を触らせるのは固く禁止されていた。

何故なら初めての当番でどれだけやれるのか一度試しにリンゴと果物ナイフを握らせたところ、指先を切り落としかねない危なっかしいナイフ捌きに全員が冷や汗を掻く羽目になったからだ。

あの時はルークの指が切れちまうだの、あれじゃルークの手が危なっかしいだのと喚くガイをジェイドがしっかり押さえていたとティアは記憶している。

とはいえ、ティアとてルークに無駄に傷を負ってほしくない。
その親心が彼女の心に理性を取り戻させ、何とかして彼の自尊心を傷つけないように調理場から追い出そうと決めた。


「面白そうって…そうは言ってもルーク、あなた今日の大佐とのお勉強はどうしたの?」
「もう終わったよ。今日はテストだったから、採点が終わるまで宿屋の中ならお散歩していいってジェイドが許してくれたんだ。」
「そ、そう…」


旅の合間にルークの勉強を見てくれているジェイドの名前を出してみたのだが、呆気なく不発に終わってしまった。


「だからね、ティアの作るおやつをここで見てみたいんだけど……ダメ?」


うる。


「ダメかなぁ…」


うるうる。


「ティアの料理のジャマは絶対しないから。」


うるうるうる。


「お手伝いもするから…ね?」


ティアの理性より本能が勝った瞬間は簡単に訪れた。

───あああ、またこの子ったらそんなに可愛らしくおねだりしなくても!

反射的に子供をむぎゅうっと抱き締めてしまったティアは、ルークのいじらしさについ「好きなだけいてもいいわ、いいに決まってるじゃない!」とまで口走ってしまったのだった。


「わ〜い、ありがとティア! 大好きっ!」


むきゅ。
ルークも嬉しさのあまり、ティアに負けじと抱き返す。

その時の自分を、ティアは今でも誉めてやりたいと後に彼女はアニスやナタリアに語っている。

何故なら、可愛いルークに抱き付かれたショックで魂が音譜帯にまで攫われそうだったのだから。


普段の冷静沈着な軍人然としたクールレディのイメージを根底からぶち壊す、頬を染めてウットリと語る彼女。
そんな姿に、暫く後で買い出しから帰って来たガイとミュウ、イオンとアニスの三人と一匹が微妙に引いたのは言うまでもなかったという。



ルークが見ている前でティアは包丁を使ってソーセージ一本一本に切れ目をサクサクと入れていき、皿に並べていく。

次に小麦粉の入った袋を取り出してボウルに空けると、ぼふっという軽い音と共にルークの視界が一瞬白く霞んだ。


「わぷっ、けほけほっ!」

「ル、ルーク大丈夫!?」


ティアより身長が低い分視線も低いルークは、舞い上がった粉を少し吸い込んでしまい咳き込んでいた。

ボウルの近くに舞い上がった粉を手で払いつつ、ティアは慌ててルークを覗き込む。


「けほけほ…、あーびっくりしたぁ…」


どうやら無事のようではあるが、白い上着の裾に隠されていない黒の半ズボンが薄らと白に染まっている。


「そのズボンの汚れを早く払ってあげたいけど…ごめんなさい、今は調理中だから…」
「いいよティア、帰ってって言われたのにここにずっといるって言った俺が悪いんだから。自分で払うから気にしないで。」
「え、ええ…」


今のルークはファブレ家お抱えの仕立て職人による上着とズボンの汚れよりも、ティアが作ろうとしているおやつがずっと気になっているらしい。





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