お題で習作置き場
□年下攻・十題
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3 とてもきれいで強いひと(1 愛がほしいの の続き)
きっかり二時間後、シフは一人、酒場に戻ってきた。
じろじろと好奇にまみれた視線がまとわりついてくるのに眉を軽く寄せながら、シフはアルベルトの許へ向かう。
当のアルベルトは、すっかり酔っ払っていた。
「しふさぁん」
舌の回っていないアルベルトの醜態に、はあ、と大きなため息をつく。
背伸びしたい年頃ゆえか、はたまた強い使命感からか、子ども扱いされるのを嫌うアルベルトが、まるで抱っこをせがむ幼子のような甘ったれた声でシフの名を呼ぶ。
ただ、ぷん、と臭うアルコール臭が、その風情に反している、ともいえるが。
「やれやれだねぇ」
呆れて、シフは軽く肩をあげてみせる。
おそらくシフが、娼婦の真似事をする傷心の女と酒場を出て行ってしまったために、好奇に駆られた酒場の連中が連れであるアルベルトへ酒の肴代わりにあれこれちょっかいを掛け、飲ませたのだろう。
それが分かるから、シフはアルベルトを責める気はなかった。
くてり、とテーブルに沈み込んだアルベルトの意識は、すでに夢の彼方のようだ。
シフはアルベルトの腕を自分の肩に回し、その体を支えて立ち上がる。
このまま放って置いては明日からの旅に支障を来たすので、宿屋まで運ぼうと思っての行動だったのだが、
「今度はその坊やを食っちまう気かい? さっきの女といい羨ましい限りだね〜」
「あの女じゃ満足できなかったのよ〜ってかぁ? まあ、あんた強そうだしな」
「あんな好きモノ相手じゃあ、勃つもんも勃たないかもなー」
ゲスな言葉が次々に浴びせかけられ、揶揄するような奇声と笑いと口笛が続く。
その瞬間、シフからぴりり、と剣気が放たれた。
剣を使う訳ではない彼らには感じられなかっただろうが、それでもシフの鋭い眼光に射抜かれ、波が引くようにシン、と静まり返る。
と同時に、ぴくん、とアルベルトが剣気に反応したのを感じて、シフは深呼吸とともにそれを収めた。
しかし、アルベルトの目がうっすらと開いたことに、彼女は気づかなかった。
「あの娘(こ)は、旅商人の恋人をイスマスの崩壊で失ったんだ。そんな痛みを抱えたあの娘の行動を侮辱できるほど、あんたたちが高尚だとは思えないね」
冷ややかな言いざまは、旅を共にするアルベルトさえ聞いたことがないもので。
その娘と、おそらくアルベルトのことを思っての怒りの表情は、酒場のぼんやりとした光の中でさえ鮮烈で、その怒気を向けられた連中は顔を真っ青にしていた。
酔いが回って夢うつつのアルベルトの目に、彼女の怒りを孕む横顔が映し出される。
(キレイだ……)
他人のために怒りをあらわにするシフの姿は、伝説の戦乙女の凛々しさを思わせて――アルベルトの心を鷲掴(わしづか)みにする。
剣の強さだけじゃない。
そして、心の強さだけでもない。
人の尊厳を真っ向から受け止め、包み込む優しさを持った人だ。
だからシフは――とてもきれいで強いひと。
一言:アルベルトにとってのシフは、やっぱり目標であり憧れだと思うのですよ。もちろん惹かれ始めてもいるんですけれど。