ポケスペ短編連作

□新前ジムリーダーの日々 4
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4.豆大福と困惑をお茶請けに緑茶をいただく。
 グリーンと少女とトキワの医師の話。
 トキワの森をパトロールの際、グリーンは一人の少女を拾う。
 
 昨夜の霧雨の影響か、朝の明け始めた薄暗いトキワの森はミルク色の空気に包まれて、見回り中のグリーンの視界を晦まそうとする。
 が。彼の足取りは、まったく迷いがない。
 トキワの森の見回りはすでに日課と化しており、毎日毎日この時間になると歩き回っていることもあって。
 グリーンにとって、自分の庭も同然なのだ。
 露がしたたる腰ほどもある密集した草は、行く手をさえぎるとともにグリーンの手足を濡らすが、それにもお構いなしで踏み分けて行く。
 そんな躊躇のないグリーンの足が、不意に止まった。
 「……人、か?」
 けぶる霧と穂先の長い草に閉ざされ、よく見えないが。
 投げ出されたスニーカーに包まれた足の先が、グリーンの視界を微かにかすっていた。
 ざく、ざく、ざく。
 両手で掻き分け、足で踏みしだくようにして、行く手を阻む草をなぎ倒して道を作り、突き進んでゆく。
 そしてその「人」の前にたどり着いた時、まるで出会いを祝福されたかのようにミルク色の空気が晴れていき、目の前が拓けた。
 膝をついて、グリーンは行き倒れの様子を見るため、その体を仰向けにしようと手を伸ばし、
 「女?」
 思わず、呟く。
 体のシルエットを隠すジャンパーとだぶだぶのズボン、両の足を完全に防護するごついスニーカーに男でもおかしくない中途半端に伸びた髪。
 その姿に、ポケモントレーナーに成り立てくらいの少年だと見誤っていた。
 うつ伏せで行き倒れている人間が自分より年若い少女だとは、さすがに思えない姿であり、また状況だった。
 よくポケモンに襲われなかったな、と思ったグリーンだが。
 鼻先に香る「ポケモン避け」の匂い袋が、彼女の首から提げられているのを見つけ、納得した。
 そして脈を取り、顔色を診る。
 青ざめた顔色ながら呼吸はゆるやかで、外傷のほうも擦り傷程度で、触った感じでは体温もほぼ正常であり、また微弱ながらも脈の流れを感じ取れたため、命に別状はなさそうだった。
 衰弱、という言葉が、もっとも適しているだろう。
 だがどちらにしろ、このまま放置しておく訳にはいかない。
 グリーンは、少女を抱かえ起こしてその膝裏に腕を通し、そのまま、すくり、と立ち上がる。
 図としては、まさにお姫さま抱っこだ。
 なるべく気をつけた心算だが、それでも体に受けた軽い衝撃に気がついたのか、少女の目が開かれる。
 ガラスのような翠の目が、グリーンを映し出す。
 「気がついたか」
 しかし、顔を向けたグリーンの声も届かない様子で、ぼんやりした視線を虚ろに中空へと揺らめかせていたが、再びまぶたが下ろされた。
 どうやら彼女の意識が、戻った訳ではないらしい。
 そう見て取り、グリーンはいつもより速い足取りでトキワの森を歩き出した。



→つづく
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