ポケスペ短編連作
□新前ジムリーダーの日々 1
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それから五分としない内に、ブルーは執務室へ帰ってきた。
「あれでバッジを手にしようなんて、呆れちゃうわ」
頬に張り付く髪をうるさげに払いながら、ぼやいている。
よほど、手ごたえがなかったらしい。
「コーヒーを淹(い)れたが、紅茶が良かったか?」
給湯室から、グリーンの声が問う。
ブルーはその声に、髪を払う手を止めて、
「ううん。グリーンのコーヒー、美味しいから」
それでいい、と伝える。
その言葉に嘘はないが、それ以上にグリーンの入れる紅茶は不味い。
コーヒーは店が出せるほど美味しく淹れるのに、それが紅茶となると、人と同じ手順を踏んでいるのに、あり得ないぐらい不味く淹れてみせる。
ブルーには、それがいつも不思議だったりする。
「あれ?」
ソファに座ろうとして、その前にある対のテーブルの上に、手作りらしいチョコレートクッキーとナッツクッキーが皿に並べ置かれているのを見つけた。
いつもなら、こんな物は用意されない。
グリーンは甘い物を好まないし、手作り、という時点で、ブルーが妙な勘繰りをするからだ。
「これ……誰にもらったの?」
かつり、とブルーは、目の前の皿を爪弾(つまはじ)く。
「姉さんからだ」
「じゃあこれ、ナナミさんの手作りなのね」
「いや。マサキが作ったと聞いている」
一瞬の沈黙後、がたん、という音とともに、
「何ですって〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!??」
ブルーの口から、驚愕の叫びが飛び出した。
「……相変わらずウルサイ女だ」
給湯室からグリーンの決まり文句が聞こえたが、それに反論するゆとりなど今のブルーにはない。
「えっ? えっ? えっ? マサキって、そーゆー趣味の人!??」
そういうとはどういう意味だ? と。
他の人なら思わず突っ込みそうな言葉だが、グリーンは無意味なことは訊かない主義だ。
「姉さんが、気晴らしにと教えたらしい」
「そ、そうなの……」
確かに研究者として忙しく、根を詰めがちなマサキだから。
今、その手伝いをしているナナミが、そんなマサキを見て気分転換をと思わない訳がない。
それがお菓子作りなのは、ナナミのナナミたる所以だろう。
「コーヒーが入ったから座れ」
ブルーは驚きに思わず立ち上がってしまったようで、トレーにコーヒーカップとソーサー、シュガーポット、コーヒーポット、そしてクリーマーを載せ運んできたグリーンが呆れたように言う。
「は〜い、はいはい」
ブルーがふざけた返事をすると、じろり、とグリーンが睨(ね)め据える。
「分かったわよ」
冗談の通じないヒトね、と呟きつつソファに身を預けると、節くれだった大きな手が、ブルーの前に静かにコーヒーを置く。
手馴れているのか、グリーンの手は流れるように軽やかに動き。
思わずブルーの視線は、その手に引き寄せられていた。
「ブルー?」
その視線に気づいたグリーンの怪訝な声に、
「グリーンの手、色っぽいわ」
まるで見当違いとしか言い得ない答えが返ってくる。
訳が分からん、という顔で自分の手を見るグリーン。
このところジムにこもりっきりだったこともあり、以前ほど日に焼けていないし荒れてもいないが、それでも竹刀ダコが残り、お世辞にも綺麗とは言えない手。
これのドコが色っぽいのか、と目で問うグリーンに、
「女ってね。男の手の表情に惹かれるものなのよ」
にっこり、と笑って、ブルーはその手を取った。
おわり 次ページあとがき