ポケスペ短編連作
□新前ジムリーダーの日々 3
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薬による騒動に大掃除と続き、疲れてしまったのだろう。
クリスタルとサファイアが寝てしまった、夜の九時半。
とたんに、胸の奥で騒ぎ立てる不安をごまかし切れなくて、イエローは気の急くまま霧雨のひんやりとした空気へ飛び出し、闇雲に歩いていたが。
いつのまにか、トキワジムの前に着いていた。
「グリーンさん……まだいるんでしょうか」
ジムの正面玄関はすでに施錠されていたが、裏手に回ってみると、蛍光灯の光がカーテンの隙間から淡く洩れていた。
その光に誘われるように、イエローは勝手口に向かう。
開いてなかったら帰ろう、と自分に言い聞かせながらノブを回すと、あっけなくドアが開いた。
ほぼ、開いていない心算だったので、これにはイエローも拍子抜けした。が。
あの几帳面なグリーンが施錠をしていないことに驚き、次いで心配になって、諦めることを前提にしていたイエローは、その意をひるがえしてドアをくぐる。
グリーン以外、誰もいないと分かっていても。
イエローの足取りは、おっかなびっくりという言葉がぴたりと当てはまり、そのさまはまるで泥棒か何かのようだ。
非常灯の小さな光をたどり、いくつかの戸を横切って。
執務室の奥向きにある、資料室。
神経質なグリーンらしくなく、薄く開いたままの扉から洩れ出る光に、惹かれるように足を向け、イエローは覗き込む。
図書館のように本棚が並び、その陰にグリーンの姿を見つけた。
とっさに声を掛けようとして、ためらう。
書をひもとくその端正な顔に浮かぶ疲れの陰りが、蛍光灯に照らし出されていたからだ。
どうしよう、どうしようと扉の前で悩んでいると、
「誰かいるのか」
淡々としたグリーンの声が掛けられた。
ピン、と空気が張り詰める。
「……イエロー。入って来い」
「何で、分かったんですか?」
名指しまでされては逃げることも出来ず、おずおずと入ってくるイエローは、疑問をぶつけた。
「こんな時間に此処に来るのは、レッドか緊急事態を知らせる住民くらいだが。両者とも入るのをためらう訳はないからな。それに――ブルーから、トキワの森の状況を聞いたんだろう?」
ぱたん、とグリーンの手の中の本が閉じられる。
「あは。ばれちゃってますか……」
笑おうとして失敗した、イエローの泣きそうな顔に。
「その格好でいられたんじゃ本が湿気る。――仮眠室のロッカーにタオルがあるから、体を拭いてこい」
グリーンの言葉に、初めて体が霧雨で濡れていることに気づくイエロー。
「あ、は、はい」
「俺の服に着替える訳にはいかないから、適当に上着を羽織って置け。そのままじゃ風邪を引く」
「わ、分かりました」
「終わったら執務室に来い。俺はそこにいる」
言いながら横切り、そのまま資料室を出て、ぱたん、と扉の閉まる音が響く。
その音に、夢が醒めたような顔になったイエローは、あわててグリーンの勧めに倣うべく扉に飛びついた。
→続く