ポケスペ短編連作
□新前ジムリーダーの日々 4
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「ドクター! 開けてくれ」
両手が塞がっているので、足で内側からカーテンの引かれたガラス戸を蹴って、グリーンはトキワ診療所の前で訪(おとな)いの声をあげた。
まだまだ街は静まり返っており、グリーンの声は凛と響く。
その声が奥まで届いたらしく、リノリウムをこする診療所独特な足音が近づいてきて、戸が開錠されて開かれ。
「グリーン君?」
夜勤明けだったのだろうか。
眠い目をこする、声に覇気が感じられないナースが顔を出したが、
「トキワの森で行き倒れを拾った。すまないが、ドクターを呼んで欲しい」
グリーンの言葉に覚醒を促されたようで、
「分かったわ。グリーン君。悪いんだけどその子、奥の診察室へ運んでくれないかしら」
その指示に頷き、彼女の横をすり抜けるように中へ入る。
ばたばたと走り去るナースの後ろ姿を目で追って、それからグリーンは言われたとおり奥の診察室へと足を向ける。
何度か世話になっているので、場所は分かっている。
消毒液の臭いの漂う診察室の固いベッドに少女を横たえ、グリーンはその傍らに立っていると、ぼさぼさの頭に、たった今白衣を羽織りましたと言わんばかりの小柄なドクターが入ってきた。
「グリーン、患者はこの子か?」
「ええ。トキワの森で、行き倒れていました」
「よく生きてたねェ。あの場所は今、かなり危険なのになぁ……」
「ポケモン避けの匂い袋を下げているから、多分そのおかげで命拾いしたんだと思います」
「それにしても……君に見つけられたのは、僥倖(ぎょうこう)だな」
「匂い袋の効果が切れたら、一巻の終わりでしたから」
「それだけじゃないんだけどねェ……」
グリーンと話しながらもドクターの目と手は間断なく動き、的確に少女の診断を進める。
「ん。どうやら、過度の疲労による衰弱のようだね」
ナースに点滴とストレッチャーの用意を言いつけ、
「とにかく、彼女が今必要なのは清潔なベッドと栄養だ。悪いんだがグリーン、彼女の目が覚めるまでつき合ってくれないか?」
「……ジムの時間があるので、無理ですよ」
現在、朝の六時半。ジムは九時には開けなければならない。
行き倒れの少女を見つけ、途中で見回りを切り上げてきたのだから少しの時間はあるが、このままずるずると居残るのは得策ではない。
「多分それまでには気づくと思うから――な? 頼む!」
色々訊きたいこともあるし、と両手を合わせて拝むように頼むドクターに、
「……じゃあ、二時間くらいなら」
と、仕方なくグリーンは了承し、
「ありがとうな! 病院の飯でよければ、朝飯食っていってくれ。特別にロハで提供するよ」
グリーンよりもよほど子供っぽい笑顔で、ドクターが言う傍ら。
少女がストレッチャーに乗せられ、一人部屋の病室に運ばれてゆく。
そして、ナースの手によって着替えなどがなされている間、診察室でドクターはグリーンに訊きたいこととやらを質問していた。
とはいえ、その内容が少女のことだったのは、最初の2・3分くらいだ。
このドクター、若い頃はトレーナーになるのが夢だったようで、ジムリーダーになったグリーンの経験に興味津々だった。
そういう好奇の色に否定的なグリーンは、冷ややかにドクターを睨みつける。
普通なら、大人であってもグリーンのキツイ視線にひるみ、目を逸らすなりしてしまうのだが、ドクターはその視線に、にっこりと邪気なく笑った。
その笑みに逆にひるまされ、負けを認めるしかない。
仕方なくグリーンは、トレーナー時代に遭遇した小さな出来事をいくつか語って聞かせ、ドクターは目を輝かせて聞き入る、という状態で。
「ドクター。終わりましたよ」
ナースが呼びに来た頃には、やりなれないことを強いられ続けたグリーンは、気疲れでぐったりとしていた。
「分かった。じゃあ行こうか、グリーン」
快活に立ち上がったドクターを恨めしげに見上げ、渋々それに従い、少女のいる病室へ向かった。
→つづく