プロローグ
BASARA学園教師武田信玄≠ニ、その教え子である真田幸村=B
傍から見れば普通の教師と生徒だが、二人の間には周囲には言えない、二つの大きな秘密があった。
まず一つ目が、信玄は幸村にとって表面上は保護者≠ナあること。
両親を失った幸村を、父・昌幸の親友である信玄が引き取り、共に暮らしているのだ。
そして、二つ目は――
幸村がそんな信玄の秘密の幼妻≠ナあること。
信玄を幼き頃よりずっと慕っていた幸村は、十七歳になると同時に想いを告げた。それから二人は生涯側にいる事を約束したのだった。
婚約し共に暮らす仲であっても、学園ではあくまで教師と生徒。二人は上手く周囲にばれない様に過ごしていた。
今回はそんな二人の、修学旅行での一波乱の話である。
『イケナイ先生 〜幸村は天然誘惑幼妻〜』
秋深い、十月。学園では毎年の行事となる、修学旅行の季節になった。
今年も行き先は、恒例の『京都・奈良二泊三日』。
生徒たちも随分前から楽しみにしていた、学園の大きな行事の一つだ。
一日目が奈良、二日目が京都での班別行動。三日目の午前中は、京都観光となっている。 一ヶ月前くらいから武田先生のクラスでも、班行動の計画を立てていた。
幸村も勿論、楽しみにしていた生徒の一人。だがそれには、他の生徒達とは違う――もう一つの理由があった。引率の先生として、信玄も一緒にいるからだ。学園の行事ではあっても、信玄と旅行が出来る。それを思うと、幸村の楽しみは人一倍だった。
(またあなたの、別の一面が見られるのですね。お館様)
奈良に向かうバスの中、幸村は幸せに胸を膨らませながら窓の外を見た。山の景色は、赤や橙の綺麗な紅葉で彩られている。
一番前の席に座っていた信玄が立ち上がり、此方を向く。手を椅子に着き体を支えながら、もう片手でマイクロフォンを口に近付けた。
「そろそろ東大寺に着くぞ。皆、忘れ物の無い様にな」
信玄は幸村のクラスの担任であったので、このバスも同じなのだ。
(お館様と同じ学園で……お館様が担任で、本当に良かった……)
引率の先生としてアナウンスする姿を、熱い瞳で見つめた。信玄の服装は、今日は旅行なのでいつもの黒スーツでは無い。それに近い、深い紺のジャケットを羽織っていた。中は黒いワイシャツに赤いネクタイ。黒のスラックスとベルトは、高い背と長い脚を強調している。
「武田先生の普段着って、あんなに若々しくてオシャレなんですね〜。幸村さん、あんな方と一緒に住んでるなんて……やっぱりすごいですっ」
隣の鶴姫が、周囲に聞こえない様に耳打ちしてくる。
二人が婚約している事は、親友の孫市・鶴姫以外は絶対に秘密だからだ。
「お館様は父上の親友で、引き取って貰えただけなのです。某は何も凄くなど……お館様が、お優しい御方だったから」
信玄の普段着は、生徒からの評判も良い様だった。幸村は普段から見慣れているのだが、他の生徒達にとっては新鮮なのだろう。その証拠に、バスの中で何人かの会話が聞こえたのだ。
(お館様は……きっと何を着ても、お似合いなのだろうな……)
熱い瞳で信玄を見つめ、幸村はそう思っていた。
始めは気にしていた女子生徒からの人気も、今では余り気にならない。ずっと慕い続けた信玄と、心も体も結ばれたからだ。だからこの後耳にする噂話も、この時はまだ気にしていなかった。
――そう、この行きのバスまでは。
「私、ちょっと面白い噂話聞いちゃったんです。三組のマリア先生が、この旅行で誰かに告白するって!お相手は同じ先生なんですって」
「あのマリア先生が、にございますか」
マリア先生と言えば知る人ぞ知る、美人女教師だ。その美貌は、既に何人もの教師や生徒を魅了し、虜にしている……という噂だ。
(同じ先生の、誰か――)
ふと、信玄もその一人である事に気付く。だが先生なら他にもいるし、幸村はすぐに考え直すのだった。
(お館様と話している所を、学園で見た事はあるが……先生同士なら普通のこと。きっと違いまする)
そんな事を考えている内に、バスが最初の観光地に到着した。東大寺など観光名所も多い、奈良公園だ。
有名な東大寺・奈良の大仏をクラスに別れて見学する。その後奈良公園に移動すると、集合時間まで自由行動だ。信玄は生徒を集め、前でアナウンスした。
「これから一時間、自由行動とする。集合時間にはバスに戻るのだぞ」
担任の信玄の掛け声で、生徒達がバラバラになっていった。
「幸村さん、孫市姐さん、鹿煎餅買いましょうよ!」
「そうだな。折角だ」
「はいっ」
幸村は、理解者であり親友の孫市・鶴姫と行動しながらも、チラリと信玄の方を見た。信玄と幸村は関係を知られぬ様、学園ではあくまで普通の教師と生徒として接している。だから周囲に見られる様な公共の場所では、個人的会話はしない様にしていた。
「鹿煎餅か。やりすぎには注意するのだぞ」
「はい……先生」
信玄は幸村の近くまで来ると、凛々しい瞳を細めて笑んだ。幸村も信玄を見上げ、嬉しそうに微笑む。
表面上は他の生徒と同じ様に接しているつもり――の幸村だったが、実際のところ、そう思っているのは本人だけだった。
(分かりやすいですっ……幸村さん!)
(相変わらず、分かりやすいな……)
隣にいた鶴姫と孫市が、同じことを思ってしまうくらいには。信玄に話しかけられると幸村の顔は緩み、頬は薄紅色に染まってしまうのだから。
それから信玄は少し離れたベンチに座ると、休憩を始めた。
「わぁ、ほんとに鹿煎餅食べるんですね!」
「はい。誠に愛らしゅうござる」
子鹿がいたので煎餅を差し出すと、パクリとそれを銜え、モキュモキュ……と口を動かして食べ始める。そんな子鹿を見て和みながらも、またちらりと信玄の方を見てしまった。
(……あっ……)
信玄はそんな幸村を、ベンチに座りながら見つめてくれていた。目が合ってしまい、かぁ……と頬が火照る。その瞳が……余りに愛おしさに溢れていたから。
一緒に住んでいても、慣れる事はない。信玄への想いは募り、胸の鼓動はすぐ高鳴ってしまう。
学園で、信玄も周囲には気付かれぬ様気を付けながら、幸村を見守ってくれていた。家とは違うセーラー服姿で、友達と楽しそうに過ごす姿。そんな学園での幸村を見られる事は、信玄にとってもかけがえのない至福の時間になっていたのだ。
暫くの間、小鹿に煎餅をあげて戯れる、和やかな時間が続く。だが、次に信玄の方を見た瞬間――幸村の手は、思わず止まってしまった。
「あら武田先生、ここにいらしたのね」
遠くに見える姿は、あの美人教師マリア先生だった。先生は信玄の隣に座ると、何やら話し掛け始めたのだ。少し離れていたので、幸村にはその内容までは分からない。しかし、何か親密な話をしている様に見えた。
(一体、お二人で何を話されているのだろう)
マリア先生は美人教師と名高いだけあって、幸村から見ても素敵な大人の女性だった。年は信玄と十以上違うだろう。それでもベンチで並んでいると、幸村にはとてもお似合いに見えてしまうのだった。
マリア先生が、この旅行で誰かに告白するって。お相手は同じ先生なんですって
「っ……」
ドクリ……!
先程の鶴姫の噂話を思い出してしまい、胸が高鳴る。その光景を見た時から、幸村の中で不安の火種が花開いてしまったのだった。
(まさか……いや、その様なことは……きっとお館様では……)
煎餅をあげながらも、二人の様子を気にしてしまう。内容まで聞こえないのが、余計に心配を煽った。先生同士が会話をしていても、おかしくはないというのに。
マリア先生が告白しようとしているのは、まさかお館様ではないか――
何か親しげに話すその光景を見てしまえば、その疑念が膨らんでしまう。
(おやかた……さま……)
ドク、ドク……
複雑な想いを込めて見つめていると……信玄が何かに気付いたかの様に、こちらを見た。
「幸村さん、大変です!スカートが……!」
鶴姫の声で、幸村はハッと我に返った。見ると、子鹿がセーラー服のミニスカートを銜えて引っ張っていたのだ。もっと煎餅が欲しいのだろう。それによって幸村のレース付き純白パンツが、周囲の男子生徒や観光客数人の目に晒されてしまう。
「やっ、ぁ……!ひ、引っ張ったらだめ……!」
煎餅は尽きていたが、まだあると思っているのか子鹿は離してくれなかった。幸村は破れない様にスカートを抑える事しか出来ない。
「おい見たか。真田のパンツ、エロいな……」
「いいもん見れたな。鹿に感謝だ」
男子生徒の声が聞こえてしまい、顔が真っ赤に染まる。余りの羞恥に、ぎゅ、と瞳を閉じていると……スカートを引っ張られる力が無くなっていった。
「よし……いい子だ」
その声に瞳を開ければ、目の前に信玄がいた。煎餅を差し出し頭を撫でると、子鹿は嬉しそうにそれを食べ始める。
「お……おやかたさまっ……ありがとうございまする」
「良い。だが、一体何に気を取られておった」
信玄も気に入っている愛らしい幸村のパンツが、大衆に観られてしまった。それを見られるのは、自分だけの特権であるというのに。その事が、信玄を不機嫌のどん底に叩き落としていたのだった。その低い声色と表情で、幸村にはすぐ分かってしまう。
「っ……それはっ……」
お館様の事が、心配だったのです
本当は……そう言いたかった。
けれど何の確証も無いし、言ったら本当の事になってしまいそうで……怖かった。
「儂が側におったから良いものの……お主は無防備な面が多過ぎる。この旅行でも十分気をつけるのだぞ」
「それは……!こちらの台詞にございまするぅっ……」
「……何だ。儂がどうした」
すっかり不機嫌になってしまった想い人を見上げ、幸村はぐっ……と言葉を噤んだ。
本文へつづく