短いおはなし

□刄を隠すな牙を向けろ
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秘書課を出た獄寺は憤然とした面持ちで廊下を歩く。通り過ぎる人々が獄寺を恐れるように見やるが、そんなこと知ったこっちゃない。
後ろからついてくる山本を無視して、通い慣れた喫煙室に入った。

ミーティングルームの一部屋を改造したそこは、獄寺たち喫煙者にとって限られたオアシスだった。
獄寺がいつものように胸ポケットから煙草を取り出し、ジッポの火を付けようとした途端、くわえていた煙草は後ろから不躾に伸びた手によって抜き取られてしまった。

「何すんだよ?!」

学生時代に比べるとだいぶ落ち着きを見せるようになった獄寺だが、山本に関してはまた別だ。
どうしてもムキになってしまう。普通長年付き添っていればそれなりに丸くなるものだが、獄寺と山本は相変わらず学生の時のような関係を保っていた。社会人になって婉曲な言い回しを使うことが多くなった今でも獄寺は山本に対して明け透けにものを言う。周りから見れば直球過ぎて山本を怒らせてしまうのではないかとハラハラするような事でも簡単に言ってのけてしまうのだ。山本にぶつける言葉は剥き出しで乱暴だが、逆を言えば獄寺が素直に感情を顕に出来るのも、山本だけだ。山本もそれを理解して受けとめているし、もちろん獄寺自身、山本だから、という甘えがあることは自覚していた。

カッと頭に血が上り振り向いた獄寺を、山本はそのまま壁に押し付けた。振り向く勢いも手伝って、獄寺の身体は流されるまま抵抗することを忘れた。

ドンッ!と鈍い音と共に壁に振動が伝わる。両手首を掴まれ、壁に押し付けられた。腕は頭の横に固定され、びくともしない。持っていたジッポは床の上に落ち、金属が擦れる嫌な音を立てた。
まるで女の断末魔のような甲高い悲鳴を聞きながら獄寺は思う。一体何が起きたのだろうかと。
現実逃避に走るようにぼんやりと目の前の男を見ていた獄寺は、その獣のように鋭い瞳と、固く閉ざされた両足を割り開く山本の強引な右足によって、呆気なく現実に引き戻された。



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