最低な、男
□最低な男《1》
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まだ蒸し暑い8月の終わり。
人の流れが激しい、騒然とした空港に甲高い声が響いた。
「はあぁ?!荷物がないぃ??」
「す、スマン!手違いがあったみたいで…」
明らかに日本人ではない容姿の2人が流暢な日本語で騒いでいるせいか2人は結構な注目を集めていたが、当の本人たちはその視線にまったく気付いていない。
2人のうちの一人、銀髪の少女がハァ、とため息をついた。
「で、どうすんだよ…」
細身のジーンズにチェックのシャツワンピを着た少女、獄寺隼人は一緒にイタリアからやってきたディーノを見る。
日本札や携帯は手持ちのバックに入っているため支障はないが、着替えやら日用品はすべて旅行鞄の中だ。日本で生活していく上で無いとどうしようもならない。
「このまま俺が残ってなんとかするから、隼人は先に行っててくれ」
申し訳なさそうに手を合わせるディーノに、隼人は再びため息をつく。
ディーノはこれでもその筋の者には有名なイタリアンマフィアのボスなのだが、彼には部下がいないと全く力が発揮されないという致命的な欠点があるのだ。そんなディーノに荷物の手配を任せた自分もいけなかったが、まさか無くなってしまうとは思わなかった。
本当は、部下が側にいないディーノとは一緒にいたくなかったのだが、保護者だといって勝手に付いてきてしまったのだから仕方ない。
「は〜…しゃーねぇなぁ」
荷物がないのは心許ないが、わざわざイタリアから10代目に会いに来たのだ。こんなところで留まっている時間が勿体ない。自分にとって10代目が最優先事項だ。
ディーノを1人にしておくのも多少心配ではあるが、日本にいるキャバッローネファミリーの部下を呼んであるし、まあ大丈夫だろう。
そう自分に納得させた隼人はディーノから自宅までの地図を受け取ると、1人並盛へと向かった。
ガタガタと揺られながら、隼人は初めての日本の電車を体験していた。
「かったりぃなぁ〜…」
人込みの中に長時間いなければいけないのも癪だが、銀髪緑眼の隼人を物珍しげに見てくる視線も煩わしい。
まったくもって、幸先が悪すぎる。
イタリアからまさかエコノミークラスで日本に行く羽目になるわ、ディーノのせいで荷物は無くなるわ、むさ苦しい電車なんかで移動しなければならなくなるわ。
ディーノがいたら、今頃愛車のフェラーリで快適に送ってもらえたのに…
――10代目ぇ……
もうすぐ会うであろうボスを思い、早くも挫けそうになる自分を奮い立たせる。
日本にいる次期ボンゴレファミリーのボスに仕えるため、隼人は日本に来た。ボスのためなら身を捧げる覚悟だが、それ以外の煩わしいことに関わるつもりは毛頭ない。
電車はラッシュ時なのか人が多く、座ることはおろか手すりに捉まっていることもままならない。駅を経るごとになだれ込む人の数に隼人は小さく舌打ちした。