最低な、男

□最低な男《3》
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「ディーノッッ!!」

剛が仕込みに戻った後、予想外の事態に隼人は携帯に向かって怒鳴り声を上げた。

「ディーノ!これは一体どーゆうことだよっ!?」

『あれ?言ってなかったっけ?』

「聞いてねぇよ!」

ディーノの気の抜けた声がまた隼人の神経を尖らせる。
ディーノの話によると、イタリアから来た隼人が早く日本に馴染み、守護者との親睦を深められるよう9代目のはからいで何故か居候ということになったらしい。

『山本の家は一人っ子だし、親父さんも理解力のある人でな、急遽決まったんだ』

「絶対ムリ!!」

『そおか?いいじゃねぇーか〜家事の心配はいらねぇし、親父さんの飯は美味いぜ?』

「だからそういうことじゃ…」

『それよりお前の荷物、どうやら明日にならないと届かないらしくてさ〜。困っちゃうよなぁ。仕方ないから今日は諦めてくれって〜』

「んだと?!ちょっ待、ディーノ……ディーノ!―――………っっ、ンの駄馬!!!」

しゃべるだけしゃべって一方的に切られた電話に、隼人は感情のまま携帯を床に叩きつけた。

叩きつけられた携帯はガシャンと嫌な音がしたけれど、もう、構うものか。こうなったらディーノに新しいのを買わせてやる、と隼人は心に決める。

さらに、どうせ壊れたならばと携帯を拾い上げ、さっきからバカ面で惚けている山本に全力で投げ付けた。

「ぅおっ?!あっぶねぇー」

「…当たればよかったのに」

ぶつかってこの男が痛い目に合えば、少しは心も休まるというのに。山本が間一髪受け止めたせいで、隼人のイライラは消えるどころかますます増えてしまった。

「胸がないどころか暴力的だとはなー」

「うるさいっ!」

一喝すると降参とばかりに両手を上げる。そんな山本を隼人は横目で睨んだ。

無神経そうにボリボリと頭を掻く山本武という男。こんな男と一緒に暮らさなければいけないなんて、隼人にとっては屈辱的なことだった。
だってこんなヤツと暮らすために日本に来たのではない。

自分は10代目のためだけにここまで来た。10代目のために、10代目のことだけを考えていたいのに。
どうして、どうしてこんな事になってしまったのか。

「酷いです10代目……」

「おいおい、それを言うなら俺の方がカワイソウ、だろ」

そう言って意味ありげに目を細め、山本は首をすくめた。

「俺は女の子が来るって聞いてたんだぜ?」

だから楽しみにしながら帰ってきたのに。そう言ってわざとらしく溜め息をはく山本に隼人はキレた。

「はぁあ?――ンだよそれ!ようは何か?俺じゃ不服だって言うのかよ?!」

「ハハッ、男ってだけで勘弁だって」

「おっ…、俺は女だ!!」

信じられない!

憤慨する隼人に山本は思慮するように腕を組んだ。

「だってなぁ…」

言いながら山本は上から下まで舐めるように隼人を見る。まるで品定めするかのような視線に隼人は身を固くした。

「な、なんだよ…」

不躾な視線に怯えて身構えながらもキッと睨み付ける。わかりやすいくらい警戒心をあらわにする隼人に、どうしてやろうかと山本は思う。

気が強いくせに不意打ちにはめっぽう弱くて。自分の容姿に無頓着のくせしてコンプレックスはこの上なく強い。


どうしよう。
酷く、からかってやりたくなる。


じわじわと自分から沸き上がる欲求に山本はフッと笑んで、ぐいっと顔を近付けた。

「そうだよなぁー…」

「?」

「そういえば獄寺はさ、電車ん中で痴漢にあったんだよな」

「それが何…」

「あのオッサンに、獄寺のどこ触られたの?」

山本の言葉に隼人は息を飲んだ。少しずつ、2人の距離が縮まる。

「後ろから抱き締められた?それとも…?」

ゆっくりと近付く山本に隼人は危機感を感じて後退るが、狭い部屋に逃げ場はない。

突然の変容。そして山本から醸し出される雰囲気がどこか色気を感じさせて、少なからず戸惑ってしまう。

「どんな風に触られた?…こんな風に、追い詰められて…」

「……あっ、」

コツンと壁に頭があたり、これ以上逃げ場がないことを知る。

読めない笑みを浮かべながら迫りくる山本に、被食者よろしく隼人は悲鳴を上げそうになるが、彼女の強固なプライドがそれを押さえ込む。

「足、触られた?…そりゃ触られるよなぁ。こんなキレーな脚してんだもん」

「な、何す…」

「オッサンのぶっとい手で太股撫でられてさ。…そうだな、内股を焦らすように這わせながら、上へ……」

隼人に触れるか触れないかスレスレの所まで山本の手が近付き、まるで痴漢の動きを再現するかのように動く。
山本の手は決して隼人の肌に触れてはいない。それなのに下から上に這い上がってくる動作に隼人はゾクリと震えた。

「太股から曲線を辿って…」

「や、やだ…」

「小さなその尻に…」

指を丸めさせ尻をクッと持ち上げる真似に、恥ずかしくもビクンと身体が反応した。

いつのまにこんなに近くにいたのか。息遣いが聞こえるほど近く、耳元で囁かれる。
そのことに驚いた隼人が いや、いや、と頭を振るが、山本の顔は離れない。




――――ピチャッ――



不意にやわらかく濡れた、生温い何かに耳を舐められた次の瞬間、隼人の身体はガクリと崩れ落ちた。

「――っな、な、…」

へにゃへにゃと床に座り込んだ隼人は、アワアワと口を動かして山本を指差す。

「お、おまっ、今、…」

みみっ、舐めただろ…!

山本の信じられない言動とその濡れた感触に隼人はヒステリックな声を上げるが、当の山本には隼人の動揺などこれっぽっちも伝わらないらしい。

それどころか嫌味なくらいニッコリと笑って、…おそらくわざとなのだろうが…無知そうな顔して羞恥を煽る言葉をはく。


「あ、もしかして感じちゃった?」

獄寺かっわいー。


そう言ってさらに覆い被さってくる山本に、隼人は今度こそ悲鳴を上げた。









最低な男は、

セクハラもスキンシップ。





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