最低な、男

□クライ・スカイ、ブルー
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今年俺のクラスの担任になった山本は、顧問をしている野球部が休みの毎週月曜、決まって俺に勉強を教わりに来る。

教えに、じゃない。教わりにだ。

仮にも俺たちを指導する立場にある先生が、一介の生徒である俺、に。


しかも科目は数学。

あろうことか、数学は山本の担当科目だ。






クライ・スカイ、ブルー





「…こんな問題もわからなくて、よく教師になろうと思ったよな…」

山本の1つ前の椅子に座りながら、問題を解く山本の日に焼けた腕を見る。

俺の精一杯の嫌味も、この男には通用しない。

「ハハッ、そんなこと言うなって!」

「こんなんで教師として大丈夫なのかよ」

「何?もしてして心配してくれるの?」

「バーカ。日本の教育状況に疑問を覚えるっつの」

俺が悪態をついても山本は変わらずに楽しそうに笑う。

何が楽しいのかまったくわからないけれど、山本はいつもヘラヘラ笑ってるから、これがきっと山本の素なんだろう。

山本が誰に対しても分け隔てなく接することができるのも。





――そう、誰にでもこうなのだ。

別に俺だけが“トクベツ”なんじゃない。





そう。わかっていても、俺は山本の言動に一喜一憂してしまう。


「毎週毎週いちいち呼び出しやがって…」

「だって獄寺の解説ってわかりやすいしな」

「教えるこっちの身にもなってみろ!」

「まぁまぁ。あ、あとこの問題なんだけどさぁ」

そう言って教科書を指差され、俺は山本の指先を見た。

なんだかんだ言ってほだされてしまう俺に山本は笑う。

黒いフレームの眼鏡ごしに、鳶色の目が嬉しそうに弧を描く。



――普段は眼鏡なんか掛けないくせに。


こんな時ばっかり、なんでなんだと思う。


もちろんそれに意味なんてないのはわかってるのだけど。

山本の意味ない気まぐれに俺は勝手に翻弄されている。

そこに理由なんてあるはずないのに、理由を探そうと躍起になってる自分が馬鹿みたいだ。


「ホント数学ってわけわかんねーよなァ」

「…それ数学教師のセリフじゃねーよ」




―――嘘つき。



本当は、山本が俺の教えなんて必要としてないことくらいわかってる。

…当たり前だ。

仮にも山本は試験に受かって先生になっているわけだし、何より中学の数学にそんな大それた問題なんてない。

こんな基礎中の基礎、わからないなんて明らかなウソだ。

そこまでして山本が俺との時間を作る理由。

そんなもの、1つしかない。



「お前もよくやるよな…」


――どうせ、サボってばっかの俺を更正させようとでもしてるんだろ?




山本は誰に対しても優しいから。

教師としてアタリマエの義務感で。




「よしっ、これで今週の授業はバッチリだな」

パタンと教科書を閉じる音に、俺はどうしようもなく寂しさを感じて自己嫌悪に陥る。

だって馬鹿馬鹿しくて、悔しくて、

我ながら、情けないくらい弱っちい。


「ありがとな。助かった」

ポンポンと大きな手で頭を叩かれて、不覚にも涙がこぼれそうになった。


……夕日の綺麗な夕方は、感傷的な気分にさせるから、困る。


「いつも俺のために時間使わせて悪いなー」

「………別に、」


…別に、お前のためだけじゃない。





優しく笑う山本に、俺は俯いて唇を噛み締めた。





…ホント、夕焼けの赤さは俺の涙腺をゆるくして困る。





「獄寺はやさしいのな」






――しかも困ったことに、



山本と見る夕焼けは、いつもより綺麗に見える気がした。









(ああ早く俺を撃ち落としてくれ)

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