短いおはなし

□集中できない!
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今、俺は獄寺ん家で勉強を教えてもらっている。しかも獄寺と2人っきり!
この状況になるまでに俺の並々ならぬ努力があった。明日数学のテストがあるのにすっかり忘れていた俺は、慌てふためいて獄寺を必死に拝み倒して、ようやく家に入れてもらったのに。年に1度あるかないかのレベルで勉強するやる気に満ち溢れているのに。

なんだか、なんだか…
獄寺すっげー可愛いんですけど!!

テーブルに向かい合って教科書に目を落としている獄寺は、めずらしく眼鏡をかけていて。しかもスチール製の赤フレーム!なんていうか…女教師みてぇな?
「ご、獄寺が眼鏡かけるなんて珍しいのな」
「ぁあ?別に普通だろ」

それよりさあ、べんきょう、するんだろ?

そう言われて首を傾げられてしまっては何も言い返すことができない。
そりゃあ獄寺にとっては普通なのかもしれないけど、俺にとってはちっとも普通じゃない。眼鏡をかけた獄寺は綺麗だし可愛いし、俺の心臓はいつもの1,5倍のスピードで打ち続けている。
「――…で、ここにこの数式を当てはめるんだよ。わかったか?」
「お、おう!」
…ヤバイ、全然聞いてなかった。獄寺の眼鏡姿に思わず動揺してしまったけれど、明日は数学のテストなんだ。今回赤点を取ってしまったら確実に補講が待っている。そんなことになったら部活の時間は削られてしまうし、もうすぐ待ちに待った夏休み。今日だってクラスの連中と試験が終わったら並盛ランドに行く約束をしたし、それに…それに獄寺とだって、もしかしたら遊びに行ったりできるかもしれない。有意義な夏休みを迎えるために、ここはなんとしてでも点を取りたいところだ。

…そう。わかってる。わかってはいるけど、獄寺の魅力にあてられてなかなか勉強に身が入らない。
「次は――…」
教科書をめくる獄寺の白い指。
下を向く時邪魔だからか、髪を耳にかけるその動作。
普段はなかなかお目にかかれない可愛い耳が丸見えになる。
むしゃぶり付きたくなる衝動に、ブンブンと首を振った。

あああ獄寺頼むから勘弁してくれ!

無意識の内に俺を煽る恋人に、俺の理性は爆発寸前。
いつもなら迷わずキスして押し倒すところだけど、並盛ランドに行く約束をした奴らの言葉が俺を奮い起こす。
『山本!頼むから絶対点取ってくれ!』
『お前が来るからって2組のミキちゃん誘えたんだよ〜!俺たちを助けると思ってさ!』
可愛い子ぞろいなのだと熱く語るアイツらの気迫に、俺は思わずうなずいてしまった。
俺としては女の子がいようがいまいが正直どっちでもいいんだけど。でもそこまで言われたら頑張らないわけにはいかない。俺だってアイツらを応援してやりたいのな?

よし、やるぞ!とあらためて自分を叱咤していた時。
「……山本…」
つつ、っと頬から耳のあたりをなぞられて、ゾクリと背筋が痺れた。
「ご、くで…」
「てめぇ、俺の話全然聞いてないだろ」
そう言って俺の目を見つめた獄寺は唇を尖らせる。うわの空になっていた俺に機嫌を損ねたらしい。そんな彼がありえないくらい可愛くて、俺はごくりと唾を飲む。いつにもまして可愛い獄寺を今すぐにでも押し倒したくて堪らない。
いや、いや、でも俺には約束が…!



「………そんなに女共と遊び行きたいのかよ………」


煩悩を追い払うかのように首を大きく振っていた俺は、忌々しげにボソッと呟いた獄寺の言葉に気付かなかった。

再び教科書を持った俺は新しい問題に取りかかる。
「なあ獄寺、ここは?」
「あー?」
獄寺に要点を説明してもらって、ちょっとした練習問題を解く。夏休みのために俺は普通使わない頭を絞って、とにかく必死になって解いた。
「できた…!」
獄寺に丸付けしてもらっている間、俺はドキドキしながら採点を見守る。
「お、全問正解」
「やったー!!」
輝かしい夏休みへの第1歩だ!
さあ次に…と教科書をめくろうとした俺の指は獄寺の手に遮られる。
え?と思った瞬間、ほっぺたに柔らかい感触がした。

「ご褒美、な?」

下から見上げるように獄寺が笑った。
眼鏡越しの瞳は背の高い俺を見ると自然に上目遣いなって、口元は嬉しそうに微笑んでいる。
自分のしたことがちょっと恥ずかしいのか頬を赤く染めて……ああ、もう!
「獄、寺っ!!」
お前がかわいい顔をするから俺の理性なんてどこかに行ってしまった。もう勉強なんて頭になくて、ただただ獄寺を可愛がることしか考えられない。まだ最初の1章しか終わってない、だなんてそんなこと、もうどうでもいい。
突然の激しいキスで惚けた獄寺の口元を舌で拭い、無防備な耳に囁きかけた。
「ごくでらは本当に俺を誘う天才だよ」
これが全部無自覚だなんて、きっと獄寺は天然に魔性の男なんだ。

夢中で胸元にキスを落としていた俺は知らない。



「……ばーか…」
最初から、全部わざとに決まってんだろ?


夢中で貪る俺を満足そうに見つめていた、獄寺の妖艶な微笑みを……。



集中できない!
(俺以外に目を向けるなんて、ゆるさない)



「もし俺が補修になったら、獄寺手伝ってくれよ?!」
「上等」
 

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