短いおはなし
□君の手にはもう、世界中の幸せ
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「……絶対いやだ」
俺の言葉に、山本の顔が強張った。
頑なに自分の意志を貫いていた山本の精悍な顔が、くしゃりと歪む。
自分は悪くないと信じていても、山本に長い時間をかけてほだされた俺の胸は、それだけでツキっと痛みを訴える。
重々しい空気が漂う中、山本が小さく「嘘だ…」と呟いた。
…嘘なんかじゃねぇ。
本当だ。
さっきまであんなに騒がしかったのに。この静けさが俺には辛い。
俺たち以外誰もいないこの部屋は、山本がしゃべらないと酷く殺伐として見えた。しんと静まりかえって、まるでどこか違う場所のよう。
俺はちいさく息を吸って、
山本と、そして自分自身に言い聞かすよう、もう一度強く言った。
「俺は、断固拒否する」
――メイド服なんて、誰が着るものか。
「え〜っ!なんでー!?いいじゃん、ちょっと着るだけだろぉ?!」
俺が心を動かさないとわかると、さっきまでの切なげな表情から一転、山本がわめきだす。
つーかバレバレなんだよ。
あんな演技で人の心を動かせたら、シェイクスピアもビックリだ。
「着るだけじゃお前は済まないだろーが。腰いてぇし、これ以上ムリ」
「そんなぁ……ちょっとしたオプションだと思ってさぁ」
何がオプションだ。
「大体、なんでメイドなんだよ」
「えっ、セーラー服なら着てくれた!?」
「アホ!」
俺が一刀両断で叩きのめすと、山本が拗ねたように口を尖らせた。
「ちぇ〜メイドさんになった獄寺に、ご主人さまの命令!なんつって『誕生日おめでとう』って言ってもらいたかったのによー」
「はあぁ?」
じゃあ何か?
もしかして、そんな理由でメイド服用意したのかよ?
「意味わかんねー!」
「だって獄寺そうまでしなきゃ言ってくれないじゃん!」
「……馬鹿じゃねーの」
お前どんだけ必死なんだよ。
たかが俺の一言引き出すくれぇで。
「そりゃ必死だよ。だって獄寺から祝ってもらいてーもん!」
「……ばーか」
お前ってホント、恥ずかしいヤツ。
顔が赤くなるのを感じて慌ててそっぽを向いた。
でも俺は、お前のそんなところが嫌いじゃないから。
誕生日だし、たまには甘やかしてやるのも悪くない。
自然と笑みを零すと、
そっと山本の首に腕をまわして、耳元に唇を寄せた。
「Buon compleanno……武…」
なあ山本、知ってるか?
メイドじゃなくても
年に1度しかない誕生日なんかじゃなくても
お前の望みは、全部全部、俺が叶えてやってもいい。
俺はそう思ってるんだぜ――
その手にはもう、
世界中の幸せ
「はやと…!愛してる!!」
「あーハイハイ」
(ま、調子にのるから絶対言ってやらないけど。)