短いおはなし
□追悼
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あんなに近くにいたのに、
彼女はいつの間にか、俺なんかじゃ手の届かない高嶺の花になっていた。
今日、獄寺は、俺の1番の親友と結婚する。
追悼――…
「山本さん!」
新婦控え室の入り口、俺に気付いたハルがこっちだと手を挙げた。
「ちょうどいい所に来ましたね!たった今花嫁の着替えが終わったばかりなんですよ〜」
「獄寺、今いるのか?」
「はい!ハルも着替えを手伝ったんですが、獄寺さんすっっごく綺麗ですよぉ!」
そう言ってハルは華やかな笑みを浮かべる。
その顔からは、ツナから宛てられた結婚式の知らせに3日3晩泣き腫らした面影はまったく見えない。
「……ハルはもう大丈夫ですから」
まるで俺の考えを見透かしたように、笑う。
「ささっ!山本さんも中に入って下さい!」
早く、早くと俺の背を押すハルの力強さが、次は俺の番だと言っているような気がした。
俺は、ハルみたいに、強くは在れない。
――なあ、獄寺。
俺はいまでも思い出すよ。
その日も、夏の日差しがまぶしい、よく晴れた1日だった。
期末テストを終え、夏休みを間近に控えた、いつもの放課後。
その日、珍しく補修を免れていた俺は、閑散とした教室で獄寺と2人、補修に行ったツナを待っていた。
俺は、その時から獄寺のことが気になっていたし、獄寺だってそうだ。実際、俺たちの関係は、友達とは言い難い、何かちょっとした出来事で2人を分ける境界線を越えてしまいそうな、そんな危うさを含んでいたから。
だからツナのいない、2人っきりの今。
俺は心が落ち着かずに叫びだしたくなるような。恥ずかしくて、くすぐったいくらいの歯痒さを感じていた。
そう感じていたのは決して俺だけじゃなかったと、俺は今でも思っている。
笑いだしたいのか泣きたいのかわからない不安定な空間で、俺たちはぼんやりと寄せては引く思考の波に流されてみたり、獄寺の席からよく見えた校庭のざわめきを眺めたり、ふと思い出したように目の前の相手に話しかけたりを繰り返していた。
俺たちは自由だった。
けれど同時に、2人は1つだった。
相容れない2つの存在は、思うがまま好きなことをしていていても。心のどこかで互いの繋がりを感じていたのだ、と。
―――俺は、そう思っていた。
こんなに気怠い夏の午後だったから。きっと、獄寺の心にも、魔が差してしまったんだろう。
俺は、そう思うことで今日の出来事をなかったことにしたかった。
……でも、
今日という日を恨んで、拒んでも。結局いつか、獄寺の心は重荷に耐え切れず、叫び出していたんだろう。
だから、俺たちがこうなってしまうことは、
悲しいことに、必然だったのだ。
ぼんやりと煙草のけむりの行方を追っていた獄寺が口を開いたのは、夕焼けがカーテンを赤く染め始めた頃だった。
「なあ山本、」
顔をグラウンドの方へ向けたまま、獄寺は口を開く。
まるで、地面に雨が染み入るように、ポツリと獄寺は呟いた。
「俺が、もし……、『―――』だったら…、お前どうする?」
「……………は?」
何を言ってるのか、一瞬本当にわからなかった。
獄寺が突拍子もないことを言うのは、確かにいつものこと、だったけれど。でも、だって。
どうしてそんな事を、今、獄寺は言うのだろうか?
こんな、平凡で、退屈で、だけど久しぶりに2人きりの、穏やかで優しい夕暮れに――
「だからさ、『―――』だってば」
そんな俺を見透かしたように獄寺はもう1度繰り返す。
そう言って自嘲的に笑うその顔が、あまりにも痛ましくて、いつもの獄寺らしくなくて。
何も言えずに驚く俺を無視して獄寺は話し出した。
初めて聞いた、暗く、深い、獄寺の心の闇を。
そっと呟くように溢した言葉は、雨を集める川のように、次第に勢いを増し、吐き出され、激流になる。
ピアニシモからピアノへ、踊るように、フォルテ、フォルテシモ!
俺は、獄寺が懺悔するように言葉を叩きつけていくのを、ただ呆然と見守っていた。
俺には、何も出来なかった。
獄寺の唇から告げられる、よくわからない世界の話に、ただただ成り行きを見続けることしかなかった。
そして。
心の激情に流されるまま全てを話し尽くした獄寺は、壊れた人形のようにプツっと動きを止めて、俺を見た。
「山本は…」
紡がれる擦れた声。
じ、っと俺を見つめる、子供のように澄んだ瞳にハッと息を飲む。
「山本は、こんな俺を、どう思う?」
遠い目をしていた獄寺が俺を見つめた時、俺は取り巻く空気が変わるのを、はっきりと感じていた。
――そう、感じていたのに。