短いおはなし
□女王様史上主義!
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「あ!獄寺さん!それ、新しいスーツですか?!」
執務室に入った獄寺の格好を見て、部下の一人がわぁっと声を上げた。
その言葉に『獄寺隼人親衛隊』、もとい執務室で働いていた嵐の守護者の部下たちは一斉に獄寺の方を見る。
「ん?――あ〜、まぁな」
そう言って居心地の悪そうに身体を揺らす獄寺は、確かに初めて見るスーツを着ていた。
上質な生地で作られた、細身の白いパンツスーツ。
普段のストイックな様子から一転、獄寺の華奢さと美しさが際立っている。
気品さえ感じられるその姿に、一同ほうっと息を飲んだ。
――ああ、この方はなんて美しいんだろう…!
まるで地上に降り立った天使のようだ!
うっとりと見惚れながら獄寺を堪能していた部下たちは、ふと上司の様子がおかしいことに気付く。
ソワソワとなんだか落ち着きのない獄寺に部下たちが首をかしげると、獄寺は躊躇いながら「実は…」と苦笑した。
「実はこれ、ちょっと人から貰ったもんでさ。いらねぇって言ったのに着ろ着ろって煩くてよぉ」
そう言って、気恥ずかしいのを誤魔化すようにぶつぶつ呟く。
プライド高い獄寺相手にそんなことができる人間は1人しかいない。
雨の守護者兼、恋人の山本だ。
自分たちのアイドルの獄寺が山本からのプレゼントを着ていることに、若干複雑な気持ちになりながら、しかし称賛する気持ちも否めない。
さすが山本さん。
悔しいが、獄寺さんに良く似合っている。
部下たちにとって、山本は愛しの獄寺をたぶらかす最凶のライバルであると同時に、マフィアとして尊敬しうる人だ。
山本さんのセンスは見習わないとな…………ん?
今後の贈り物の参考にしようとまじまじとスーツを見ていた部下たちは、あることに気付いた。
同時に気付かなければよかったと後悔する羽目になる。
…――いや、いや、そんな…まさか…
でもそうでなければこれは…これは一体どういうことだろう?
さっきは気付かなかったが、この服はもしや……
思うところがあって黙ってしまった部下たちを、獄寺は心配そうに見つめた。
「どうしたんだよ急に黙り込んで。……もしかして、コレ…似合わないか?」
不安げな顔をする獄寺に慌ててフォローする。
彼にそんな顔をさせるなど、なんたる失態だ。
「そ、そそそんなことないっスよ!すっげーお似合いです!」
「そうです!もはや獄寺さんのためにあるといっても過言じゃない!!」
「というか獄寺さんは何を着てもお美しいです…!」
いっせいに褒め称える部下たちの顔は真剣そのものだ。
普段は言えない言葉もここぞとばかりに伝えだす始末。
部下たちの気迫に押されていた獄寺は、いつも元気だなぁと思いつつ照れたように頬をかいた。
「そ、そうか?」
「「(か、かわいい…!!)」」
頬を赤く染める獄寺に、部下たちの心は一つになる。
ああ、我らが主人はなんてかわいらしいんだろう!
執務室にほのぼのとした空気が漂う中、輪の中に入りきれていなかったフランチェスコ(新人)が気付いたように呟いた。
「……あれ?でもそのスーツって、女物ですよね?」
ボタンの掛け位置が逆だし…
「――――…え?」
「コ、コラッ!!」
なっ、なんてこと言いだすんだ!
みんな気付いていてもあえて言わなかったのに…!
フランチェスコの一言でさっきまで和気あいあいとしていた室内は一瞬にして凍り付いた。
「…ばっ、バカ!空気読め!」
「そうだよ!わかってても口に出すんじゃ…………あ、」
パッと口をつぐむと恐る恐る上司の顔を見た。
「――女物……ねぇ?」
……こ、怖ェェェェ…!!
あんなに愛らしく天使のように可愛いらしかった獄寺が、今は閻魔大王のように顔を歪めている。
氷の女王の絶対零度の笑みに下々の者たちは身体を震わせた。
「ロレンツォ!」
「ハ、ハイッ!」
「俺、たった今急用を思い出したから」
――後はよろしくな?
ニッコリと笑う彼はとても綺麗なのに、後ろに般若の顔が見えるのは何故だろう…
「…わかりました」
荒々しく部屋を出ていく獄寺の背中からは禍々しいオーラが滲み出ていた。
獄寺の艶やかな唇から出た「あの野郎…ぶっ殺す!」という言葉は全力で聞かなかったことにする。
バタン!とドアが閉まる音とともに、部下たちはへにゃへにゃと背もたれに寄りかかった。
「……こ、怖かったぁぁ」
「てか獄寺さん、着てて気付かなかったんスね…」
「今ごろ山本さんの所だな…」
可哀想に。
もちろん山本が、ではなく彼の部下たちが。
きっと今度は山本の部下たちが獄寺と山本の痴話喧嘩に巻き込まれることになるのだろう。
あの2人は周囲を惹き付けて掻き回す天才なのだから。
そんな獄寺に心を奪われた心優しい部下たちは、さらなる被害者に同情するように十字を切った。
アーメン。
女王様史上主義!
(神よ、我らが神は忠誠を捧げた貴方だけ!)