絶対遵守の王のおはなし

□優しい世界の歩き方
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「こんな所につれてきて、何のつもりだ」
「そう警戒しないでくれ。これでも、お前たちのことは…気に入っているんだ。この7年、世界を周ってみて気付いたことだけどな」

C.C.に連れられてやってきたのは、要人が使用する最上級のホテルだった。
セキュリティに関しては、かなり信用できる。

だから、ゼロが入っていっても、さほど疑問にはならないかもしれない。

「渡したいものなら、持って来てくれればよかったのに」
「悪いな。人見知りが激しいんだ」

さっきは『渡したいもの』って言ったよな。
人見知りが激しいのはC.C.なのか。
それとも、彼女が『渡したいもの』なのか。

C.C.は最上階の一室のドアを開けた。


「C.C.!!」

子供の声。
足音。

「ただいま」

C.C.が腰を曲げ、頭を撫でているようだ。ドアの隙間からそれだけは伺えた。
子供の声が「だれ?」とC.C.に訊いている。
どこか、聞き覚えのある声だな。

「入れ」

金の瞳が促した。



驚いた。
まさか、そんなはずは…。

「君の子…じゃないよね?」
「ああ、違う。まったく関係ないさ」

だとしても、あまりにも…あまりにも似ている。


「C.C.」
「どうした?」
「ゼロ?」
「そうだ、ルルーシュ」


紫色の瞳は、キラキラとこちらを見ている。
艶やかな黒髪がふわりと揺れた。

「ルルーシュ?」
「まあ入れ…ゼロ」

部屋に入ると、ルルーシュと呼ばれた、彼によく似た子供が、そわそわとC.C.の陰に隠れてこちらを伺ってきた。
正直、どう言ったらいいのかわからない。
早く、彼女の口から説明して欲しかった。

「ルルーシュ、冷蔵庫からお茶を出してくれないか」
「はい」

ソファに座ると、C.C.は子供に飲み物を頼む。
小さな手で冷蔵庫を開け、お茶のボトルを引っ張り出す。
グラスを二個、一緒にお盆に載せてゆっくりと運んできた。

「ありがとう」

彼女が優しく頭を撫でると、子供ははにかんだ笑みを浮かべる。

「この子はルルーシュ。歳は今年で5つだ」
「似ているな」
「似ているんじゃない。本人だ」

子供の紹介は、そんな言葉だった。

いやいや、ありえないだろう?
ルルーシュはあの時、確かに僕の手で死んだ。
ナナリーに抱きしめられて、世界を変えるために死んだんだ。

それは、C.C.だってよくわかっているはずだ。

「この7年、世界中を歩いた。この子に会ったのは、ブリタニアの辺境の村。2年前のことだ。3歳に満たないこの子に『しーつー』と呼ばれた」
「それだけでルルーシュだと?」
「私も驚いたさ。振り向いた先にいたのは、まさにあのルルーシュの特徴を持つ子供だ。さらに、自分はルルーシュだと名乗った」

まさか、自分で名乗ったからだとでも言うつもりか。
たしかに、あんなことがあって、わざわざ自分の子供にあの『悪逆皇帝』の名をつける親はいないだろう。
でも、それだけで本人だと言うつもりなのか?

「成長するにつれ記憶がなくなったようだが、あの頃は前世…というよりも死後の世界とでもいうのかな、そこでのことを覚えていたんだ。そして、私に語って聞かせた」


C.C.が言うには、この子は自分はルルーシュで、あの後(ゼロレクイエムのことだ)不思議な美しい庭園にいたのだと語ったそうだ。
そこには、ユフィがいて、シャーリーやロロ、クロヴィス殿下もいて、ルルーシュは謝罪と感謝を伝えてきたという。
涙を流し、ただ全てを許されたのだ、と。

ユフィは、微笑んでいたのだ、と。


そんなことを語れるのは、きっとルルーシュしかいない。


「それでも、ルルーシュが犯した罪は大きい。なぜ、こんなに早く生まれ変わったのかと聞いたら、面白いことを言ったんだ」

神にギアスをかけた。
ただ、このギアスという力に巻き込まれ不幸になったものを、早く優しいあの世界へ旅立たせてくれと、神に命じたのだと。

とんだ夢物語だが、目の前の子供が、そんな嘘を付く必要がない。

だとすれば、この目の前の女の冗談か。

「今更、こんなことで遊ばないさ。私は信じた。その、いかにもルルーシュらしい振る舞いを見せられたし」
「それで、ぼ…私に何を求める。魔女よ」
「ははっ。ゼロらしい物言いだ。では、簡潔に言おう。この子を育ててくれ」

驚くことくらい、許して欲しい。
そういえば、本物のゼロも突発的事象には弱かったはずだ。

「この子には親がない。身寄りもない。…世界は確実に変わろうとしているが、まだ迫害や差別は無くなっていない。ルルーシュが言うには、この子の生まれた村では、赤い瞳をもって生まれた子は不幸を呼ぶといって捨てられるのだそうだよ。近隣でもそうなのだと」
「赤い瞳…」

それは、あの…悲しい瞳か。

「覚えているようだな。ギアス能力者が発動時に見せる瞳は赤。そして、ギアスをかけられた者がその効果を発している時の瞳も赤」
「でも、この子の瞳は」

深く、気高き紫。
最後に、優しさで世界を変えた僕の親友の持った色だ。

「生れ落ちた時、その両目は赤く輝いていそうだ。ルルーシュが知るだけでも、同じ村、近隣の村に、その特徴を備えた子がこの数年多く生まれてきたんだと。それでも、すぐに色が変わる子もいれば、そうでない子もいた。ルルーシュも、記憶が無くなるまでは赤と紫を交互に浮かべる子だったんだ」

どこまでこの子供が話を理解しているのかはわからないが、C.C.の話に耳を傾けつつ、その紫はジッと僕を見ている。

「私は、ギアスに関わった者が産まれる時、その瞳は赤くなるのだと思った」

懐かしい色。
最後まで守ることができなかった、大切な親友。

「僕に、この子を育てることで贖罪をしろとでも言うのか?」
「ゼロらしからぬ口調になってるぞ。あと、お前の贖罪はもう済んでいるだろう。ルルーシュに、お前自身を捧げたのだから」

ゼロレクイエムで死んだのは、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアと枢木スザク。
ルルーシュは確かに言った、仮面を外すことのできない僕の人生は、それ自体がもう罰であり償いなのだと。

「私は、この子を幸せにしてやりたいだけだ。ナナリーは、眼が見えるようになったとはいえ、まだ車椅子での生活だ。子供を育てるには、辛いだろう。ルルーシュが誰よりも幸せを願った者、それがナナリーとお前だ。ルルーシュを助けてはくれないか?」
「君はそれで…」
「私は他に面倒を見なくてはいけない者がいる。私が不幸にし、殺してしまった子供だ。まだ2つの小さな子供。それに、他にも幸せを見せてやりたい子供たちがたくさんいる」

まさか、捨てられた子供を保護している?
赤い瞳を持つ子供たちを?

「C.C.?」

子供が、悲しげな瞳を魔女へと向けた。
出会ったのが2年前だというのなら、今日まで2年間一緒に暮らしていたのだということだ。
身寄りのない自分を拾って育ててくれた人が、別れを告げている。
それを理解しているのだろう。

「ゼロ、頼むよ。この子に笑顔を、優しさを…幸せを与えてやってはくれないか?私には与えてやれないものが、お前なら与えてやれると…そう、思っている。なあスザク、その仮面をとって見てやってくれ。ルルーシュが、最後まで救えなかったのはお前だ。あいつは私を救ってくれた。だから…今度は救い合え」

セキュリティーは完璧だ。
だから、ここを選んだのだと。
我侭でお節介な、優しい魔女だ。


「救いになれるんだろうか、僕は」
「なれるさ、スザクならな。ルルーシュ、今日からお前はゼロのところに行くんだ」
「C.C.は?」
「私はいけない。マオを放っておけないだろ?」
「僕は?」
「お前のことは、ゼロが、スザクが愛してくれる」
「スザク?」

そんな声で、あの懐かしい幼い声で、僕の…俺の名前を呼ぶなんて。

「折角捨てたのに、何故それを君が拾うんだ」
「捨てさせたかったわけじゃない。それは、お前が俺に預けてくれただけだ。今、返したんだよ。『枢木スザク』」


赤い瞳。


幼い声に乗せるその言葉は、確かに親友のそれで。
僕は、久しぶりに泣いた。


「スザク」

再びそれを発したのは、紫の瞳に戻った子供。

「久しぶりに、見せてくれたな。ルルーシュの記憶を。でも、きっと最後だろう。一番心の枷になっていたそれを、返すことができたのだから」

ゼロの仮面に手を掛ける。
誰かの前でこれを外すのは、枢木スザクに戻るのは、久しぶりだ。

「久しぶり、ルルーシュ」

ゼロが仮面をとる。
子供は眼を見開いて、その瞬間に立ち会った。

「さあ、ルルーシュ。呼んでやれ」

魔女が背を押し、子供は口を開く。
羨望の込められた瞳を向けて。

「ゼロ」

僕も膝をつき、彼に目線をあわす。

「違うよ。それはこの仮面の名前だ。僕の名前を、呼んでくれ」

紫の瞳が、僕とC.C.を行ったり来たり。
答えは知っているけれど、合っているのか確かめるように。

2人にゆっくり頷かれると、息を呑んで、目を瞑る。
そして、ゆっくりとその瞳をこちらへ向けた。

「スザク」

お帰りルルーシュ。
君が望んだ世界へ。


もう君が、苦しむことも、誰かを苦しめることのない世界へ。

何があろうとも、君は僕が守ってあげるから。


誓いを込めて、僕は小さな親友を力いっぱい抱きしめた。


魔女の笑みが聞こえる。
君が苦しいと不満げに言う。


彼女が微笑んでいること、君が笑っていること。
僕が、今生きて君を抱きしめられていること。


間違っていなかったと、やっと初めてそう思えた。





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