新 選 組 奇 譚

□綺麗な薔薇には、棘がある
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土方の雨で濡れた長い夜は呆気なく明け、望まぬとも夜の命の砂時計を暉す朝は「残り僅かだ」と叩きつける、哀しく清々しい鐘。
サラサラ…と、虚しく翳に撒き散る花弁の砂晶ーー

そんな砂時計に気がつく訳もない新選組の幹部達は、再び広場に集合するのであった。

ーー…
ただ静かに沈黙が続く時間を破ったのは、ストン…と、戸の開く音と共に、井上の登場だった。

「…峠は越えたようだよ」
張り詰めていた場の空気をその言葉が緩め、更に「今は寝てる。静かなもんだ」と続ければ、永倉は山南の気の方を心配し、井上に問いかけた。

「確かなことは起きるまでわからんな。」
山南の見た目は昨日とは変わらないが…と、井上が丁寧に付け加え説明を促した途端、不意に又しても戸が開く音がし、井上の説明は遮られ、皆の視線は戸へと導かれて仕舞った。

「おはようございます、皆さん。」
口角をあげながら現れた伊東が、いつも通りの表情で広場に入り挨拶すれば、うげ、と皆は思いきり嫌そうな顔を揃え、又しても沈黙が訪れた。

(…む、)
伊東の口元を眺めながら、全身の毛を逆立て警戒心を剥き出しにする夜は、まさに猫の様。
どうしても伊東に対して、身体を強ばらせ身構えて仕舞う。

「ふふっ…そんなに見つめちゃって…今日も可愛いわね、夜猫ちゃん?」
後に私のところへいらっしゃい、と続ける 伊東は、己に注ぐ夜の視線を、熱い視線だと取ったようで、ウットリ…としながら夜に放つのだった。

「…あ!?」
冗談じゃねー、と全身の毛を逆立て伊東から出来るだけ離れた夜は、他の者と少し距離を置いた場所へ腰掛けるのであった。

「い・け・ず」
そんなところも可愛いから好きだわ、と、夜に対して零す伊東に、他の連中の沈黙の中に、怒りが含まれるような空気に変化してしまうのであった。

(こんな反応をされないだけ、私は受け入れられている立場なのかも。
でも、伊東さんと比べるのは我ながらいかがなものか…。)
千鶴は皆の雰囲気を体で感じ取り、比べる相手を見ながら小さな溜め息をつけば、伊東はそれに気がつき「顔色が宜しくないみたいですけど…昨晩の騒ぎと何か関係が?」と体調を心配する装いをした後、千鶴に話しかけるような振りをし、全員に問いかけた。

流石に参謀と呼ばれるだけの事はあり、かなり鋭い。

「あー、いや、その…。」
近藤は救援を求め、幹部達に視線を向ければ、「よし!…誤魔化せ、左之!」と永倉は原田に振る。

「あ、実は昨日ー…」
いきなり振られた原田が、俺が?なんて切り出し、たどたどしく発すれば、それを見かねた沖田は「大根役者は出しゃばらないでくれるかな?」なんてバッサリと斬り捨て、説明の上手な人に任せましょうねー、とニッコリ笑いながら2人を引っ込めた。

「…おー、」
んべ、と舌を出しながら、しかし僅かに沖田に対して感心して仕舞う夜に、沖田は、フィッ…と斎藤へと視線を送りながら夜の隣に腰をかけ直した。

「…よー、ニャンコ。
相変わらず毒舌だな、」
視線を合わせず、静かに沖田に放ってやれば、沖田はニヤリと笑い「ふふっ…夜さんこそ、可愛い猫ちゃんですけどね?…まあ、今夜たっぷり躾てくれますか?」と返す。

「伊東参謀がお察しの通り、昨晩、屯所内にて事件が発生しました。」
こんな時に聞こえてきた沖田の冗談を遮るように、斎藤の説明開始の声は大きく響き始まり、そして斎藤の一瞬の睨みは、沖田に冷たく突き刺さった。
全く…相変わらず、この2人の夜争奪戦は熱くて仕方が無い。

ーー…

今の状況は良くない、と斎藤は告げ、明かせる範囲の状況だけをすらすらと伊東へ話していく。

「参謀のお心に負荷をかけてしまう結果は、我々も望むところではありません。」
今は詳細に話す事が出来ない、もっと鮮明に詳細を纏めて、解る範囲内で今夜にでもお伝えできれば、と頭を下げる斎藤に、伊東は目を細めた後、広間を見回して柔らかに笑み、事情はわかったと放ち、いそいそと広場から出て行った。

「はじめー、はなまるー、」
夜は、すぐさま斎藤に近づき彼の頭をぽんぽんと優しく撫でれば、斎藤は頬をうっすらと染め、彼に身体を素直に預けた。
どうやら斎藤の丁寧な対応を、伊東は気に入り見逃した、と幹部達は、解釈をしたのだった。

「ちょっと、一君。」
いい加減どいて、と嫉妬心剥き出しの沖田が、未だ己の頭に夜の手が乗って照れている斎藤に言い掛けた瞬間、戸の開く音が鳴れば、そこには山南が立っていたー…。
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