新 選 組 奇 譚

□千羽鶴が搦む歯車、孤独を叩き告ける紅き花
1ページ/2ページ


「此処が京の都…」

我知らず唇から、ほう、と息が洩れ、つい…京に暮らす人々の優しい顔を眺めてしまう。

交わされる町人達の柔らかな言葉達とは裏腹に、市中に漂う冷たい空気に、千鶴は少し居心地の悪さを感じてしまうのだった。

「ううん、気のせいだよね」
京まで歩き通しだったから、心も体も疲れてるのかもしれない、と思い「すみません!」と千鶴は勇気を出して町人に声を掛ける。

「道をお尋ねしたいのですが…」

ーーー

(っし、上出来、)
同じ頃の新選組屯所内の一室。
夜は、ジャラッ、パチンッ!と、算盤を弾きながら勘定を行っていた。

顔は、端から見れば不気味にニヤリと微笑むように見えるが、彼自身、此でもとびきりの笑顔であった。
ただ、笑顔というのが彼には難しいだけであり…。

「最近、算盤弾くのが癒しになってきたかも?」
どーだ、と言わんばかりの眼で勘定方の河合耆三郎に話しかければ、柔らかい笑顔で「今月も夜君の御陰で助かりました」と御礼を言われた。

「どういたしまして」
河合さんの山のような仕事も、新選組の台所事情も、今月も安心だなーと問いかければ、河合は再び御礼を言い、自らの懐をごそごそと探り、少しのお金を夜に差し出す。

夜は、不思議そうな顔で何だ?と返すと、河合は唇に人差し指を当てながら、「私の懐からなので僅かですが…いつもの御礼です。」と夜に小銭を握らせる。

「いらねーよ!」
夜は、驚いた顔をしながら、そんなつもりで手伝っているわけではないと声を荒げると、河合は、たまには自分にも格好付けさせろ、と微笑み、夜の背中を押した。

「はいはい、今日はもともと休みでしょう?その金で、好物の大福でも買って町でゆっくりしておいで。」
えっ、ちょっと…と慌ててるうちに夜は外に連れ出されて仕舞ったのだった。

(大福…だいふく…大きい福)
屯所の門の前にぽつん…と出された夜は、ふてくされた顔で、好物の大福の事をぽわんと頭に描くと、表情はそのままだが頬がぽっとピンクに染まる。
暫く硬直した後、折角だし…お言葉に甘えちゃえ、との事で、軽やかな足取りで京の町へ降りたったのだ。


「夜ー!いるかー!?」
茶でも飲もうぜ!と元気な声で、勘定方の部屋の襖をバッ、と開け開いた平助は、河合にニコッと微笑みを送られ、「好物と戯れる為に、旅に出てます。」と言われ、残念そうにしながら、河合の言葉の意味が解らず、大きな?を頭上に出した。

ーーー

「大福ふたつ、くださいな」
この白のね?と歯を見せながら微笑むと和菓子屋のおばちゃんは、「あんた、良い男ねー!サービスしちゃう!」と言われ、もう二個サービスしてくれた。

浅葱の羽織を着てない夜に、ニコニコしながら頬を染めるおばちゃんを見ながら、夜は、有難うと素直に御礼を言うと、またおいで!と言われるのであった。

(後で、近藤さんにもあげよ、)
嬉しそうな表情をしながら大事そうに買った大福を抱え、一つパクッと口に含む。

(…うっ…泣きそう)
久しぶりに味わう好物の味に感動しつつ、むぐむぐ…とゆっくり食べていると隣から小さく、すみません、と声が聞こえた。

「…んぐ?」
大福を口に加えながら、俺?と振り返れば、ピンクの着物を着た子供が声を掛けてきたようだった。
袴を履いてるが、まるっきり女で尚且つ、自分と同じ種族の気を放つ様で、どうやら彼女も…。

(…んー、訳あり?)
じっ…と姿を見てると、その女は「松本先生という、お医者様の自宅を探しているのですが、御存知ありませんか?」と、おずおず聞いてきた。

「見ての通り自分は善良で健康で医者要らずの一の民です。御存知ありません、」
ま、どーでもいい、と思い彼女の質問に本心(首を傾げるが)を答えた。
口に大福をくわえてる為、ふごふごした感じで答えてしまう夜に、女…千鶴は、思わずクスッと笑って仕舞った。

「…む、あんだよ、」
そのまま口にパクッと含み食べた後、ペロッと舌をだし口の周りの粉を舐めると、その夜の仕草に千鶴は、思わずドキッとして顔を染め「いえ、ごめんなさい」と謝った。

「凄く美人さんな女性が、口に大福をくわえてらっしゃるから…」
千鶴は照れながら笑うと、夜はピキッーー!と固まってしまった。

その状態を見た千鶴は、困った様に、あ、あの…?と不思議そうに声を掛けると、夜はふるふる…と震えながら、「俺は男だ!何処に目ぇつけてやがる!」と声を荒げ、抱えていた大福を一つ取り出し、千鶴の口にグイッと押し込んだ。

「…ふ…!?」
千鶴は驚き、ぽかんと大福をむぐむぐと口に含むと、半分だけ食べて離し、ええっ!?男の御方だったんですか!?と驚きの言葉と、いきなり何するんですか!と抗議すれば、夜はふてくされる。

「あんたの失礼なお口に栓してやったんだよ、満足だろ?」
夜が気にしている事を言われ眉間に皺を寄せながらふいっ、と顔を背けると、千鶴も意固地になってしまい「大福、ご馳走様でしたっ!」と御礼を言い、去ろうとする。

「…仕舞った!」
俺の大事な大福返せ!と声を漏らせば、もう食べちゃいましたもん、と千鶴がふわっと意地悪く笑いながら言い、もう一度ぺこっと頭を下げる。

「…ったく、そろそろ日が落ちるから道中気をつけな、」
じゃーな、嬢ちゃん、と仕返しのように悪戯に歯を出しニヤリと笑えば、千鶴は、えっ!?と驚き焦る顔をしながら慌てふためく。

(もー…〃)
千鶴は顔を染めながら、己に背を向けて去っていく男を暫く佇んで見惚れていた。
次へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ