新 選 組 奇 譚

□手偏言事の内緒話、武士の契
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どんな形であれ、父親探しの為の一歩前進できた千鶴は、灰色の雲が途切れて、鮮やかな晴れ間をのぞかせる空を見ていた。

(いつまで、こんな生活を続けるのかな…。)
基本的には一人で部屋で過ごす今、つい溜め息をついてしまった。

綱道が無事かどうかは、千鶴が此処に閉じこもっている限りは解らないーー。
考えても仕方ない事ばかり、千鶴の前には山積みになってしまうのだった。

「新撰組の皆さんを完全に信用してるわけじゃないけど…でもきっと根は良い人達なんだよね。」
きっと、己の利用価値が無ければ簡単に殺して仕舞うだろうとは理解しているが、彼らと話していれば根は悪いとは感じない、と千鶴は思い独り言を発してみると、すぐ隣から「…へー、いつか騙されて食われるぞ、」との声がした。

びくっ、と肩を跳ねさせ、短く声を発すると目の前には、じと…っとした目で千鶴を見下ろす夜が壁に寄りかかりながら立っていた。

「ちょっ、何で夜さんが私の部屋に!?」
独り言聞こえてましたか!?と赤面しながら慌てて問えば、ふぅ、と溜め息を吐きながら彼は答えてくれた。

「…今日は、お嬢と俺が晩飯当番、」
おら、さっさとしやがれ、と千鶴に背を向けるとスタスタ…と出て行って仕舞う夜の後を、千鶴は顔を含ませながら「質問の答えになってません!」と言いながら彼の背を追いかけ、隣に並べば自然と頬を緩ませた。

(…えへへ、夜さんの隣、落ち着くなぁ…)
千鶴は、夜の隣に居ると自然に心がほっ、となり安心する自分を知っている。
そんな事バレてしまうと恥ずかしく、絶対に彼には言わないが…。

「…あんだよ、何ニヤついてやがる、」
変な奴、と投げかけられれば、共にほうれん草を手に渡される。

どうやら今日の夕飯は、ほうれん草のお浸しと、大根のお味噌汁に漬け物、あと煮魚らしい。
夜の独断で決定との事で、千鶴は素直に頷き、お浸しを作っていく。

「お浸しは、あんまり味濃くすんなよ、」
漬け物もあるし、塩分取りすぎっから、と千鶴に投げかける夜は、お味噌汁と煮魚を担当していた。

トントン…と手慣れた手付きで包丁を扱う夜を見て、千鶴はポーッ…と見惚れてしまいつつ、なんだか少し悔しくなった。

(夜さんは、何でも出来てずるい…!)
女の千鶴より、綺麗に切っていく手付きに嫉妬し、私だって…!と変に意気込んでしまいザクッ、ザクッとほうれん草を切っていくと、つい、自分の指を軽く包丁に触れさせて仕舞った。

「あっ…!」
さくっ、と切れた千鶴の指の皮膚からは、ぷくっ、と赤い筋が産まれ、痛っ…と小さく零すと、夜が「何やってんだよ、」と千鶴に向く。

「だ、大丈夫ですっ!」
自分の秘密がばれちゃう、と思った千鶴は慌てて夜の目から隠れようとするが、鬼の力で傷を癒やしていく場面をバッチリ夜に見られてしまい、千鶴は冷水を浴びさせられた感覚に陥った。

(…気持ち悪いって、思われたよね…!)
目をぎゅっ…とつぶり、手のひらを握りしめながらフルフル…と俯きながら己の体質を恨むが、夜は何事も無かったようにさらっと放つ。

「…指、大丈夫そーだな、
つーか、しょっぺーよ、」
千鶴が作ったお浸しをぱくっと摘むと夜は眉間に皺を寄せ、コツン、と千鶴の頭を軽く小突いた。

(…え?)
何も言わない夜に千鶴は内心驚いたが、自分の体質を不気味に思わず、いつも通りのように接してくれる夜に安心し、「そんな事ないですよー!」と、嬉しさのあまりつい憎まれ口を叩いてしまった。

夜は、「…ったく、しゃーねーなー」とぶつぶつ文句を言いながら、漬け物を少し水で洗って、お浸しと皿に添え、完成した物を運ぶように指示した。

「お嬢、味噌汁は俺が持つから軽いの持って、」
零されたら、たまったもんじゃねーと言いながら、重たい汁物を持って行ってしまう夜のさり気ない優しさに、千鶴は胸がトクンーー鳴り、素直に御礼を言う千鶴であった。
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