新 選 組 奇 譚

□欠け崩れた月、毒杯を仰ぐ奈落
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「お茶が入りました」
ある日の朝食後。
大量のお茶をお盆に載せ、零さないように注意しながら、千鶴は屯所の広間へ戻り、一人一人に手渡していく。

「すまないね、雪村君」
井上は目を細めながら、千鶴から茶を受け取り、「やっぱり寒い日には、熱めのお茶がうまいねえ」と放ちお礼を言うと、千鶴は、些細な事だけれども皆の役に立てているんだと、内心少し誇らしく思うのだった。

ーーー

千鶴が父親を探しに京へ来てから、もう一年がたつ。

彼女にしてみれば、男暮らしの中の屯所での暮らしは不自由で、決して楽しい事ばかりではなければ、父親は探しても見つからず心が挫けてしまいそうになったこともあるが、それでも、新選組の皆は決して諦めず、千鶴の事を励ましてくれたから、千鶴は頑張り続ける事が出来た。

そして、何より…

「…よきかな、」
千鶴がいれたお茶に茶柱がたった、と素直に喜ぶ夜は、千鶴に話しかけて見せつける。

「ふふっ、良いことありそうですね?」

そして何より、千鶴は一年掛けてやっと…自分の気持ちに気づき、そう…彼に、恋愛感情を抱いているのだった。

(…叶わない恋でも構いません。
新選組の役にたつ事も、夜さんの役にたつ事だと思うから、幸せ…。)
だから今は、このまま側にいられれば、と内心は抱いて仕舞う。

勿論、新選組の此の場所も好きになり、少しずつだが皆に認められて来て、馴染んできたつもりでおり、大それた思いだとは理解はしているが、それでも自分の居場所が出来たような気がしていた。

ーーー

「この屯所もそろそろ手狭になってきたか。」
そんな時、土方がぽつりとこぼすと、隊士の数も増えてきたし、と同意の声が挙がる。

今も平助は江戸に出張し、新隊士の募集を頑張っており、これからも新隊士は増えるであろう。

「だけど僕たち新選組を受け入れてくれる場所なんて、何か心当たりでもあるんですか?」
軽い口調で沖田が尋ねると、土方は薄く笑い「西本願寺」と返答するのだった。

「…っつ、嫌がられるだけだべ!」
土方の答えに、飲んでた茶を吹き出しそうになった夜は、あちー、と舌を出しながら土方に視線を送り、「…それとも、強引に押し切る?あんたらしいけど、」と零し、刀と共に腰から下げてある己の印籠の中から小さな飴を一つ取り出し、口に運んだ。

屯所がある壬生は、京の外れに位置しており、市中巡察に出るのにも不便な場所即ち、西本願寺は立地条件が良い。

しかし、西本願寺は長州に協力的で、浪士を匿う事もあり新選組は敵なようなものであるが、新選組が移転すれば長州の身を隠す場所を一つ失いさせる事も出来るのだった。

その事で色々と意見が飛び交う中、近藤は1人の人物を引き連れてくる。

彼の名は、伊東甲子太郎参謀といい、新たに新選組に入隊した大幹部の人である。

江戸に平助を残し、一足早く帰ってきた近藤は、伊東ら新隊士を連れたらしく、彼は平助とも親交のある、北辰一刀流剣術道場の先生だとか。

正直、初めて伊東を紹介した時に、皆はあまり良い顔をせず、尊皇攘夷派の伊東が、何故、新選組に名を連ねる気になったのか、不思議でならないと不平を小声で零せば、「佐幕攘夷派の近藤さんと、攘夷の面では合意したんだろう」と土方と夜は溜息を落としながら言葉を放ったのだった。
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