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「ーー孫の代まで自慢出来る後輩になりますから、やって。ふふ、アイツらかっこええやろ?みょうじさんも将来、自分の孫に俺の仲間を自慢したってな」
春高2回戦目、激戦の末に烏野に敗北し敗退が決まった試合後、宮兄弟とある一幕を終えた北は、一足先に階段を降りた先に偶出会したなまえに微かに震えた声で語り掛ける。激動であり激戦であった先程の試合の感動と悔しさ、特に感慨深い、それで居てこれにて自身のバレーボールの終い、部活引退と、様々に混濁する熱量がいつまでも冷まず目尻が提灯の様に灯り狐の吐息の如しであるのは、北自身も痛い程に理解するのだ。なまえになら見られても何て思われても構わない。彼女なら尽く察するだろうから。

「う、うんっ…!北くん、あのね…私もさっきの試合、ずっと、最後まで見てて…っ…ぐすっ…ごめ…なさ…私…っ」
「ええよ。わかっとる。ちゃんと、分かっとるよ」
「〜〜っ、後で、必ず言わせて…お願い…」
「(此方も)それは楽しみやな」
なまえの小さな頬にも提灯が灯る。
"お疲れ様"も"かっこよかった"もそれ以上の事も伝えたい事が言葉では何も伝わらない儘、先程の彼らの一連の流れや話し合いの全てを耳にしては、堪えきれずに溢れる涙をぽろぽろ…と流すなまえに、然し乍ら言わずとも彼女の気持ちをも全てを理解し、そんな彼女に対して逆に気の利いた言葉を繋げ柔らかく微笑む北は、優しく包み込む様に朗らかに宥めた後に、なまえの頭を優しく撫でては「堪忍な。みょうじさんに頼むんは違うって分かっとるんやけど…そんでも、今だけはアイツら褒めたって。ーーみょうじさんにしか頼めんし出来んから」とポツ、ポツリと変化を告げる天気雨の雨粒の様に台詞を落とし残しては、出遅れた双子の声と共に静かに去っていくのだ。

「「〜〜なまえちゃん…!」」
「どうしたん!?どっか痛いんか?」
「あ"ーー!サム!何どさくさに紛れてなまえちゃんの両頬挟んで…ッ、簡単に触んな!」
「お前も顔合わす度になまえちゃんにベタベタ触るやろーが。早い者勝ちや」
すぐさまバタバタと階段を降りる二人分の激しい足音と共に、その足音の主なる自身らにとって可愛い垂れ耳子うさぎちゃんが静かに泣く姿にギョッ、とし慌てふためく同じ顔、同じ表情の二人が駆け寄る。…なんて途中まではよくある学園恋愛ドラマの盛り上がり胸きゅんシーンであった筈なのに、お決まりの暴れん坊狐二匹にドロロン、獣臭混じる子うさぎ争奪戦へと繋がるので学園恋愛胸きゅんドラマ撮影としては完全NGシーンである。侑も治も端正な顔立ちでアイドル的存在なのだから上手く立ち回れば更に女性からの視聴率はあがると思うのだが、まぁ、そんな事は出来るわけ無い。
雑誌で見たあの時を経て運命の出逢いを果たしたあの時から、彼女と共に接し過ごす時間だけにフォーカスを当てれば未だ経っては居ない現状にはあるが、彼らから言わせて貰えばなまえに惹かれた事に於いて時間の長さなど全く関係無い。諄い、煩わしいと唾棄して仕舞えば、寧ろそんなんは"クソ喰らえ"であった。世の中には理屈じゃ到底説明出来ない事も存在し尚且つ身をもってたった今、証明している。そんな渦中に生きる暴れん坊狐の二匹は、ドラマの視聴率なんかよりも垂れ耳子うさぎちゃんたった一匹に大いに媚びては無我夢中であるのだから。

「甘い果汁を零すなんて、そんなん勿体ないで?」
「…お、おさむ、く…」
「舐めてもええ?」
治に至っては自身の両方の大きな掌でなまえの小さな顔の桃色の頬っぺたを包み込んで顔を上げさせ、互いの視線を重ねながら指で涙を掬う。艶めく光る雫が勿体ないと、治は今すぐに雫で濡れるふわとろ頬っぺたを舐めては啜りたいのだが、そこはグッと我慢し彼女へと許しを乞うのだ。然し乍ら、そんなの駄目だよ、なんて小さく可愛い声と共に腕を押し返される仕草をされては、頭ではそりゃそうだ、仕方ない、なんて理解するのだが、やはり心情と肩はズーン…と落とす。そんな治の姿を見たなまえは"治くんらしい言い方で励ましてくれたんだよね?"と素直に感謝を伝えれば、治の狐の耳と尻尾はピィんと立ち表情はパァッ、と明るくなった。治だってなまえに掛かれば単純に情に逆らえず陥る。

「〜〜ンの、ええ加減にせぇよ。さっさと退けやクソ豚が!」
目の前で繰り広げられた治の行動を見せ付けられては相余りムシャクシャする。コイツは取り敢えず後でケツに蹴り入れるとして兎に角、誰や許さんぞ。可愛い彼女を先ずは慰め安心させてからの、後に誰が可愛い彼女にそんな表情をさせたのか必ずや調べて犯人を見つけてシバキ倒したる…!なんて思ったのにも拘わらず、なんと彼女の涙の理由は自身らだった。ーーほぉん、そうか、ほんなら話が早い。後で互いに歯ァ食い縛り同じ位置に湿布を貼ればええだけの話や。

ーーー
ーー


「ーー最後のあの速攻が、今の俺らの全てやった」
なまえちゃんは泣いたらアカンよ、泣かんで、なまえちゃんには常に傍で笑っていて欲しい、なんて恋人の様な甘い、自身らにしちゃらしくない台詞を心底から吐き出せば、彼女から返ってくる宝石の様な涙と暖かく美味い飯の様な言霊に魂と髄と脳が焼き焦げ狐火の消炎、目の前の泣き止んだ天使に、唯、ひれ伏し精一杯を伝える。

「神秘的な精鋭に釘付けになって見てたよ。…でもそれは神風なんかじゃないの。奇跡なんかじゃない。今まで二人が創り上げて来た"結晶の軌跡"なんだよ。双子速攻が軸になり導く情景は、体育館の全てを超越しては魅了し光に満ち溢れる」
来年はどんな景色が広がるのかな?許されるなら、私も光に包まれたいな、なんて大きな瞳に溢れ溢れそうな涙を再度溜めながら、純白で全てを癒し包み込む。自身らの望む言葉を言って励ましてなんて頼んで無いのは確かなのに、不確かな一刻の誤魔化しでも無く氷面を割らぬ気遣いや気休めでも無い、純粋な純水を救い掬われて存分に満たされるのは彼女だからなのか?これこそ神託であるのだ。

「…なまえちゃん、お願いや」
「うん?」
「ええ子な俺らの頭よしよしして甘えさせて。…俺だけにして欲しいけど」
「はぁン!?コッチの台詞じゃ。ーー"頑張ったね。侑くん大好き♡"の言葉も忘れんでな。ーーまァ、今はそれで許しちゃる」
「余計な一言付いとんぞおいコラ」
「ふふっ、治くんも侑くんもバレーボールに対する深い愛情を傍で見せてそして教えてくれて、ありがとう。私は幸せだよ」
頑張ったね、凄かったよ、なんて在り来りな言葉さえもこんなにも胸を深く穿くなんて最早、驚愕であった。…あーあ、其れにこんな鋭く胸を抉って情を狙い撃ち抜く台詞を言ってくれる女の子、こんなにも溢れる想いを抱く女の子、自身がらしくない言葉を吐き出して仕舞う女の子、果たしてなまえ以外に今後も現れるのだろうか?ーー彼女を好きで好きで無性に好きで、尚且つ通常の恋愛感情とはまたプラスアルファで異なる様な、云ってしまえば本能と獣と血肉や細胞をも関連し混濁する今の有様は、夜明けの海の中を蛍火を頼りに彷徨い泳ぐ様だった。唯の人間なのにな、俺も片割れも。

「ーー好きや。なまえちゃんが好き。なまえちゃんからしたら短期間で何が起きたんや、と思うかもしれんけども、俺は胸張れる理由が確実にある」
「なまえちゃんが俺に惚れたらええのに、って心の底から本気で思っとる」
もっとなまえちゃんを幸せにしたるのに、なんて噛み砕きながらも想い伝えるつもりでは無かった真実を口から言葉として生み出して仕舞う。双子がハッ、と我に返った時にはもう既に遅しであり、目の前のなまえの可愛らしい顔が真っ赤に茹で上がっていて、つられた双子も負けずに真っ赤になるのだ。自身らよりもずっと細くて小さな透き通るお手手に触れられ撫でられ、自然と目を瞑る程に気持ちが良く完璧に安心しきってしまった所為もあるのか。何れにしろもう後には退けない。本来であれば、たかが子うさぎなんて捕食対象で弱い生き物でしか無いのだから強者である此方が、油断、腹况てや腹の中なんて見せるわけが無いのに。ーーおかしな話だ。自然の摂理に逆らっているのだから。

「ーーあ、あの…ごめんなさい。私には大切な人が居ます」
「!? そ、そうか…そうなんや…」
「〜〜フラれた…ッ…で、でもな!きっと俺もサムも気持ち抑えられんで、これからも何度もなまえちゃんに俺らの愛の告白をぶつけたるんだろうけども…ッ、それでもなまえちゃんは聞かなアカンし慣れてもアカンよ!俺らは真剣なんやから…っ」
「そんな…!告白に慣れるなんて有り得ないよ。それに…真っ直ぐな想いを伝えられたらドキドキして心臓が飛び出しそうに決まってるもん…」
「〜〜!?(ぼふんっ)」
「ヨッシャ。ほんなら今から徳を積む。せやから生まれ変わった来世は必ず俺ん事、好きになって。約束やで」
きゅっ、と引き寄せ取る彼女の小さな手に強く甘えては、特有の情や優しさに存分に浸るのだ。今だけは堪忍な。

◇◇◇

「なまえちゃん!(青葉城西にはすまんけど)来年は稲荷崎が掲げた優勝旗と一緒に笑って貰うで。ほんで更にかっこええ男に成って、またなまえちゃんに告白する!」
「わ、わわっ…侑くん…!急に持ち抱えあげないで…!」
「!?そんな引っ付いたら俺の顔に(なまえちゃんの可愛いおっぱい、やわこ…)…なんでもあらへん」
「侑く…ひ、ゃっ(ぴくん)」
「〜〜さっさとなまえちゃん離して俺に寄越せやクソエロツム!ーー俺にとっては来年の今頃は他の奴よりも忘れられん年になる。そんときになまえちゃんには必ず俺の傍に居て見て欲しいんや。頼む」
「きゃ…っ!〜〜っ、治くん…?」
「(おりょ、身体ふわふわ軽いのう)ーーん、俺の告白は先ずはコッチに置いといて、また別件の。もう少ししたら話すからそん時は聞いてくれるか?勝手かもしれんけど、どうしても…なまえちゃんに聞いて欲しい」
なまえの華奢な身体をふわり、と治の手で簡単に持ち上げられては浮かぶ最中、治の意味深な言葉と共に真剣な目を向けられたなまえのみならず、なまえとのラッキースケベタイムを無理矢理に奪われムッ、としては隣に居た侑も治の鬼迫に驚き、故に不思議に思う。確かに来年は自身らにとっては高校最後の春高だから特別ではあるが、何か引っ掛かる言い方にしか思えなかった。

「はい。治くんの大切な事だもの…勿論だよ」と零すなまえの鈴を転がした音色に、治は心底から安堵と一人の男の将来に関する強き決意と決断が入り混じり、青灰の奥の狐火を強く燃やすのだ。
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