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「…メシ与えて懐かせて何企んでるんじゃ」
人と人との関わり合いで生きるのならば、口から発言する言霊に中っても順序や構成、という筋道は存在する。法則や嗜みに則っても、今のは確実に言ってはいけないワードだと頭では理解して居たのに…つい感情任せに言って仕舞っては、あぁコレはもうやらかしてもうたな、と彼女の傷付いた表情を横目からじわりと脳まで浸透させては奥歯をギリッ、と噛み締めるのだ。

「お、治くんは友人だから…」
「互いに成立しとんのか?」
現に彼女に非は無く今この状況下を作り出したのは間違い無く侑であり、感情論で構成されパキパキ…と氷冷されている。然しながら、なまえと治の関係にまでイチイチ口を挟む筋合いも無い。何よりも言葉の選択として失礼極まり無いのでは?何やの俺、と現状に於いての焦りと彼女の唇から発せられた"友人だから"との一言にホッ、と生じるお陰で、両手に握られた資料に汗が滲む感覚が蔦って、ドクン、とも心音が響いた。

まさか資料室に二人きりになり、まさかこんな事になって仕舞うとは。ただでさえ今は知り合ったばかりの顔見知り程度な関係なのに好感度は急降下して嫌われたかもしれない。事の発端である、教師各位からも信頼深いであろう彼女を後ろに引き連れ"宮は姿も声もよう目立つな流石や。みょうじ、暇そうな此奴もやるから扱き使ってまァいっちょ頼んだで"なんてカラカラ笑いながら、視界に捉えた侑の襟元掴んで雑務を押し付けてきた教師に対しても八つ当たりの如くワナワナしていた。実は最近上手く友人らに当たり障り無く聞いて発覚したのだが彼女は進学科もあって、そうなれば学科が異なる自身とは普段なら接点なんて中々ある訳無いのだ。それなのにまさかの不意打ちからの失態とはーーそんなカッコ悪すぎる自身を冷静に佇む心内の自身が嘲笑ってやがる。

「みょうじさんがサムの事好きなら、それは友人やない。…ん?いや、だからまァ、あれや。サムは年がら年中メシとバレーん事ばっかり考えてる奴で…女は次の次の次、というか…やから、その…」
「ーーえっと、治くんには私以外にも異性の友人たくさん居るよね。それに、そんな事言ったら宮くんだってどうなるの?宮くんの女の子の友人は何か企んでるって事になるの?」
「いや、彼奴らはンな事せぇへんよ。そんなん俺にして無駄やもん」
「?あの…私が勝手に深読みしちゃうから言いたい事が当たってるかはわからないけど、宮くんの言う様にもし私が治くんの事が好きだったら治くんは困る、それ以前に私と仲良くしたくないと思ってて…要するに今のこの会話は忠告に近い意味合いなの…?もしかして治くんが宮くんに何か私の事を言ってたの?」
「ッ、は、え?ちょっ、いや、違ーー」
「…もし治くんが私に対して迷惑に感じているのなら彼から直接言われた時に離れるから…」
透き通る淡い水面にポツン、と一雫が落ち波紋が拡がり段々と波が揺らめく錯覚を映す大きな瞳に見つめられれば、対する侑の瞳の奥の狐火は一瞬だけ灯が弱くなる。ーー違う、そうじゃない。でも自分自身でも彼女に対して何が言いたいのか話を纏めたら良いのか、徐々に解らなくなっては意志が霞み反響する駄目な焦りだけが先走る。結局は彼女の最後の問いには応える事も出来ずにおり、カチコチカチコチ、と秒を刻む時計の時針を頼りにその場を保って居た。何か、何か、との混濁する感覚に相余っては、なまえのスムーズな作業により頼まれた資料の片付けは完璧に終えて居て、二人きりの時間は終いとなる。

「先生から頼まれた事はきちんと終えたから私はこれで…ーーあ…宮くん、私の方に屈んで貰っても良い?」
「え、あ、あぁ…へ?」
「すぐ終わるから」
侑は何が何だかよく分からない儘、言われた通り屈んでの体勢になり顔をなまえに近付けると、なまえは侑の片頬にそっと手を添えた。念願だった貝殻か、なんてと云う言葉を慌ててかき消しながら、柔らかくて少し冷たい感覚に驚き両目を瞑って視界を閉じて仕舞う。

「そのまま動かないでね…?」
「(ん、ンン"ッ)」
動くな、動くな、動く…な?コレってアレか?傍から見れば漫画あるあるである男女がキスをしてるラブシチュエーション…〜〜はァ!?いやいやいや待てや待てや待てや先ず俺はトキメク乙女かい!んで次に何考えとんじゃ…!と自問自答している間にジジッ…と何かのファスナーが開く音が聞こえたのを開始合図にし意図を思考するが結果として解決出来ず、しゃらくせェ!と意を込めて目をカッ開いたその瞬間、自身の頬を柔らかな布でトントン、と優しく当てられていた。結果としてこのワンシーンは、彼女は自身のミニポーチから小さなハンカチを出し侑の頬についた埃を拭いた、とのお気遣いからの一連の流れらしい。ひくひくっ、と侑の口角がジワジワ襲われる羞恥心を隠す意味合いで上がる。

「はい、綺麗になったよ」
「〜〜へっ、あ、ど、ドウモ…」
「いいえ、どういたしまして」
もう感情がバグっては、はくはく、となる侑に一言挨拶しては今度こそ立ち去るなまえの小さな背を視線で追う事しか出来ずに居た。フゥ…と深呼吸した数秒後には、やっと身体が金縛りから解ける如く自由に動くのを許された自分自身が資料室にぽつんと、と一人きりで佇む最中、僅かな限られた時間に幾つもの出来後を容赦無く押し込む様に詰め込まれた先程の想い出に浸り、何故だか、ぎゅううう、と胸の深淵が苦しくなった。

「〜〜ッ、アカン。みょうじさんと関わると危険や…もう構わんし最低限、関わら…ん"?」
もう嫌あの子そしてワケわからんポンコツな自分にも、なんて胸を手で抑えながら資料室を後にしようと数歩進んだ侑の足元に、ぽてん、とミニポーチ…そして直ぐ傍にはリップクリーム、ミニミラー、そして制服ボタンが一つ、コロンと転がって居た。げろ、と表情をしながらつい先程見たポーチである事から直ぐに所有者は特定し間違いない、と更にゲンナリする。あぁもう嘘やろ最悪。わざわざ口に出して誓いを立てたばかりなのに何なんやクソッタレ…!

「…お、このボタン野狐中のか。なんで卒業した今も後生大事に…?しかも1個だけ…」
やから!あの女の物なんざどーでもええやろうが構うな考えるな!と傍に転がった小物類と野狐中の制服ボタンをポーチに全て閉まっては、デカい溜息を吐き出しつつも自身の大きな手に大切に持つ。

「(ーーみょうじさんらしいポーチと小物やんな。かわい、〜〜なわけあるか。いかにもらしい、ちゅーこっちゃ)」
兎に角、気を確り持て。此の儘全てを放置してたら絶対にあの子は困るだろうし大体、あの子にそんな薄情な事したらバチが当たって更に厄災が己に降り掛かるに違いない。如何せん、其れだけは避けたいのだ。…それならば最善の手段を講じて彼女の手にどの様に渡して返そうかな、とまさかの最短ルートである治に頼る事無く律儀に自分自身の手から確実に返すべきだ、との考えにしか至らなかった侑は、頭を悩ませていた。
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