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「なぁ、銀。ーー天秤座の神話、知っとるか?」
「…………」
十中八九みょうじさん関連、あと残りの塵なる可能性とすれば豆腐の角に頭ブツけたんや、と銀島は白目になる。そうでなければあの侑の口から天文学の話題が産み出されるワケがない。
侑はなまえと出会い(傍から見ても)関係に変化が生じ必然的になまえに対する呼び方もみょうじさんからなまえちゃん呼びに変化して(但し、あの侑が珍しく事前に本人に了承を得てから呼び始めたらしい)環境も感覚も思考も変わった、と関わる周囲、その中でも特に男子バレー部は感じていた。

「(ーーみょうじさんて治がトクベツにしとるん俺や角名にまでヒシヒシと伝わるくらいなんやけども。侑がみょうじさん横取りして揉めんのは頼むからやめろよ…コイツら何かあればすぐ喧嘩しよるし取り合いなんぞメンドイ事にならんよな…?さすがに俺の考え過ぎ…か)」
自身から見ても彼女は治と侑との接し方は異なるし(言わずもがな治には気を許してる一方、侑に対してはワンコの飼い主みたいな?)其れでも"ーーキョリカン、足りんおツム(頭)でもサッサと考えろや"なんて侑に対して真顔で牽制(恋愛感情なのか友情感情なのか意図や真相は不明)する治の遣り取りの一面も未だ新しい最中、危惧が生じては焦りと心配が深くなるのも実は嘘では無かったのだ。
侑は、何かあればなまえの事を口にする様になった。其れは変哲もない事ではあるが、例えばクラスの女子が飲んでいる今流行りのミルクティーを見たら"知的と可愛さ兼ね備えとるなまえちゃんみたいやなぁ"とか、季節の変わり目ありふと移り変わる小さな季節感や香り、さよならやようこそ的なワンシーンを人間らしく風情に感じればーー自然と彼女の名前を添えて口にし、ぽわん、と微笑むのだ。その顔が陽だまりの如く柔らかいのなんの。

ーーー
ーー


「っあ!なまえちゃん居った〜!なァ聞いてや。今、星座の本読んどって」
「こんにちは。宮くん、図書室では静かにね?」
「!す、すんません…」
「ふふ、私もこの本お気に入りなの。挿絵も綺麗だよね。神話の部分も神秘的で読んでたらつい時間を忘れちゃう。宮くんはどの場面が好き?」
アイドル的存在であり高校No.1セッター宮侑のまさかの図書室登場尚且つ真面目で教師一同お気に入り代表のなまえと親しく会話している姿に、図書室ほぼ全てがザワザワ…と花めきと驚愕が巻き起こる。ある人物は「図書室にナマ宮侑だ!」となったり「なんで宮侑とみょうじさんが…?あれ?治と仲良かったんじゃ…?」「ツインズの躾を教師から押し付けられたか!?」なんて推測やら勝手が溢れ出し乍も観察する如く見られては、暫くしてもざわめきが収まらない。ーー一方、有り難い事にあの双方でさえも興味が無い一定数存在する生徒よりゴホン、と一発咳払いを放たれれば周囲も我に返り理性を戻し気付き、いつもの図書室の静けさが徐々に戻っていく。そんな一幕ある二人を取り巻く時間は確実に増えていった。

「そうなんだ。本の感想も教えてくれてありがとう。星座も奥深いね」
「〜〜っ、あ…あのな、なまえちゃん?せやからね、あの…その…今度の休み…っプッ、プラ、プラ…〜〜ッ」
「うん?プラ…?」
「そ、そう!そうやから、今度の休みな、プ、プラ、〜〜ッ俺らは休みでも朝のゴミ収集はプラスチックの回収あんねんな!?プラスチックは捨てるん時ちゃんと分別せなアカンよ…!」
「!?んん?そ、そうだね?」
「〜〜(っあ"ーーー!)や、やからな、〜〜ッ、今日一緒に昼メシ食お。な?俺がなまえちゃんにきっちり分別教えたるから」
「え?えっと、そっか、分かった。ありがとう…?」
「ききき、北さん監修なんやで!やから大舟に乗ったつもりでな!(?)」
「ぷっ、あはは!それは頼もしいなぁ。それなら、お昼に屋上に待ち合わせで良い?」
「お、おう…!ほんなら、また後でな」
何より今迄、対して御縁も無いであろう図書室へ足を運ぶ様になる。ーー其うなればなまえの影響が強いのは確信的だった。彼女に会いたいのだろう。だって学科の異なる彼女とは治の様に双方間にて会う約束しなければ中々会えないのだ。勿論、彼女の良く読む本や興味のある事、どんな勉強しているのか等様々な事を知りたいが結局はその感情が大いに勝る、…まぁ、でもただそれだけだ。だからといって侑を前にしたら簡単に「ーー恋愛感情として好きなんか?」と聞けなかった。治同様、侑だって彼女との事は大っぴらに周囲に明言したりしない。雲の様に掴み所が無く夜空の星の様に奥深く神秘的な関係にも見えた。

「ーーみょうじさんをプラネタリウムに誘うんやなかったんかい。俺らにとっても貴重な部活休みの日は中々無いんやぞ。彼女にも早めに予定聞いとかな」
「〜〜う"ぐッ…!もう、それは…っ、ええねん…」
「…あの子も周りの仲良いオンナノコと同じちゃうの?何時もみたいにサクサクッと誘ったらええのに。ーー随分、らしくないやん侑。」
「で、でもな、弁当一緒に食える約束出来たし…俺は、その…自分でもようやったわ…」
「?そんなんいつもオンナノコとやっとるン事やん」
「ンん!そ、それはそうやけど…ッ!」

◇◇◇

「ーー俺って天秤座やんか。やからそのページに書いとるン全部読んだんよ」
自身の知り得た新しい知識を喜んで話す幼子の様な侑の話を簡易的に纏めれば、先ずはぺラッ、と一枚捲り天文学者の名前から始まって数行目を通せば次第に文字が子守唄を誘う呪文の様に見えてきたらしい。そして案の定、侑の視界と顔はコクリコクリ…と揺らぎ顔を机に突っ伏した。然しながら、目を急いで開き此処で負けるワケにはいかん、と姿勢を正して自身の星座である頁のみを開き項目を読み覚えた、と云う背景があったとの事だ。侑は地頭が良いのもあって学力の分野にも活かせれば(きっと)無双であるのだ。成果がもっと生じるには後は本人のヤル気次第ではあるが若しかしたらなまえの存在が大きな引金となっていく可能性がある。(傍から見たら)治を支える彼女であるから一緒に侑も、となるとやはり相当な負担に成るだろうか?ならば願わくば是が非でもツッコミ担当を…叶えば尾白さんも俺も泣いて喜ぶのに。

「ーーその使ってた天秤を空に掲げたら星座になったんやって。でな、その純潔の女神は"星乙女"て呼ばれとってーー」
「…ほぉん。ほんなら、侑ーー治にとってもみょうじさんが星乙女なんちゃうん」
無意識に銀島自身なりになまえを意識して居た所為なのか意図も無く感情にて口からスルり、と滑った言葉を出し切って二秒後、一瞬にして地雷ワードと直感で悟ったと同時に今のナシ!と撤回を申する。特に銀島が発した発言の事柄も意味合いも含みも胸糞悪い事は言ってないんだろうが恐らく予想的には宮ツインズの感に触れるワードに近いのでは無かろうか、と警告音が脳裏に響き渡りピンとした直感を今は唯、信じるしかない。况やツインズを相手にして喧嘩する気力も体力も精神力も腕っ節も恐らく自身には持ち合わせて居ない。

「〜〜いや、ほら、な?みょうじさんは治にとってトクベツやろ?俺らにもみょうじさんとの関係をあまり公にせんかったもんな?いやそりゃあ俺だって詳しくも何も知らんけども!治の性格考えたらーー」
「まぁアレやな。確かに或る意味"パンドラの箱"を開けたんは間違いないわ。ーー銀が正しいんなら最後、なまえちゃんに見限られるのは堪忍やけども。…でも、今でも俺がサムとタイマンで闘える立ち位置に上がらせてくれへんのが事実やからなぁ」
「ーー侑、あの、さ…みょうじさんとの事やけど…」
「銀は何か飲むか?」
「へ?あ、いや…俺はまだ飲み物あるから…サンキュ…」
「ーーなまえちゃんは、何座なんやろな?」
永遠の輝きから零れ落ちる小さな星屑しか知らんとなれば要は案ずるには及ばないって奴や、なんて意味深な言葉を落としながらポチリと自販機の選択ボタンを計二回押す。陽だまりの中に瘡蓋がある尻尾を誤魔化す狐の様に見える侑の表情と言葉を掬い拾う銀島は、グッ…と息と言葉を飲み込みガコン、と飲み物を吐き出す為に音を立てた自販機から、ミルクティーと炭酸飲料水を優しく掬い手に取る"強豪稲荷崎が誇る司令塔の生命"に視線を静かに落とした。

◇◇◇

「みてみて宮くん。ふふ、この二つのデザインと色合いは傍から見たら何だか不釣り合いに見えるけど、宇宙空間や星座の絵画で使われそうな色の組み合わせじゃない?…なんて、さっき二人で星座の本の話してからそんな事ばかり考えちゃって」
食べ終えた可愛らしい小さな弁当箱を綺麗に閉まった彼女はミルクティーの缶をコトン、と炭酸飲料水の缶のすぐ隣に並べて置いた。並べれば背丈もデザインも異なる缶同士は色合いも味の種類も狙う客層も異なりまさに歪な関係であるが、なまえの言う様に絵画の色使いにも見える上更に侑からは何だか仲睦まじいカップルの様にも見えてーー…その最中でも自身の鼓膜に纏わりつく彼女の澄み心地良い声に救われ、無性に彼女の頭と髪の毛に触れたくなり、結局は許可を求めずに無断で引き寄せる如く撫でるのだ。

「なまえちゃんは、イオタ・クルキスの星言葉を覚えとる?」
「えっと、確か…"情熱と明朗"」
「ドッチもドッチにも転がる俺らにピッタリやろ。ーーなまえちゃんは無理に正義の天秤を平行に保とうとか、そんなんせんでもええんよ。…俺が言うてる意味分かる?」
「宮、く」
「なまえちゃんは女神なんかじゃない。やから慈悲深くなんかなくてもええ。ーー別にトクベツな事や無い」
「ーーあのね、必ず私が目を瞑ったら、何も言わずに優しく抱き締めて…額にキスを落として」
侑となまえが座る屋上の隅にある一角は、周囲からは決して知られぬ事の無い死角になっており二人だけの秘密の空間であった。ーー未来は疎か現在でさえも見えない茂みに足を踏み入れるのは或る意味、侑だけを信じられるから。視界を完璧にキュッ…と綴じたなまえは、自身の鋭く研ぎ澄まされた感覚だけが頼りである中、心地好い青空の呼吸風と自身が想い焦がれる愛しい彼と痛い程に似て非なる"約束"を護る特有の香りに包まれて、何度も啄み額に落ちる冷たく柔らかい感触で寂しさを掻き消して、陽だまりの鼓動に呼吸を合わせて縋るのだ。

「ーー貴方は、流れ星みたいだね」
「…………」
「…治くん…好き、だいすき…私だけをみて…」
私には天秤を平行になんて保てない。善悪なんて唱えない。ーーだって、いい子なんかじゃないもの。寧ろ、身勝手な私自身の啖呵を優しく護り撫で包み込んでくれる宮くんの方が何倍も綺麗で星座に相応しい。宮くんと私の関係は星と星を繋げて星座と成った、なんて喜んで仕舞うのは烏滸がましい。ーー其んなに神秘的で綺麗な関係なんかじゃないのだ。流れ星を見つけては勝手に願い事を込めて、でも結局は叶わず神秘的の所為にして駄々を捏ねる私は、純粋に片想いをしていた泣き弱るあの頃に引き返せる?でも、戻っていいの?許しを乞うても、もう許されない?なんて、手と手を重ねる小さな絡まる糸から次第に身体だけの距離感が縮まるーー罪悪感と秘密を葡萄の房の如く連なり重ねていくのだ。
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