*

□*
24ページ/26ページ

「他当たって」
「ちょっ…侑…!?」
「ーー香りや吐息、反応、感触…全部がもう合わんなって勃たん。言うて悪気は無い。」
「はぁ〜!?なんなん急に!しかもドヤ顔?ムカつく!」
「おん。……香水も化粧も加減てもン知らんのか?一緒におる俺が胸焼けすんねん」
「さっきからなんやの?私は素からこれが通常通りやわ。侑、頭打ったんちゃうん?私から見たら最近のアンタの方が随分変わった!」
「……せやんな」
今までイロイロとゴチソーサン。ほなね、と教室から退出する為に出入り口の扉に手をやりつつ背を向けては、横顔を女生徒に軽く向けニッとはにかみ少々尖った八重歯を見せて言葉を放ち、窓から覗く太陽の真白に自身の綺麗な金髪一本一本をキラキラ…と梳き通す。そんな一欠片なるパズルピースを当て嵌めて姿見だけを丁寧に拾い取り繕ってゲームや漫画、ドラマで登場する一枚に例えて仕舞えば、特別スチル若しくは名場面なるワンシーンが完成するのだ。自然と太陽からも水からも汗からもキラキラ…と味方につけちゃう此の彼は現在、青春真っ只中である男子高校生、宮侑である。

「私で勃たんなら今すぐ病院いけ不能!」
一方、ギーッ!と怒り暴言を侑に対して投げ付ける彼女は、侑と仲が良い派手めなギャルお姉様系代表なる女生徒である。先程まで二人きりの空き教室で密着、ニャンニャン♡を経て良い雰囲気に生じ、さぁさぁ皆さんお待ちかね☆オトシゴロ強めな男女が二人きりでヤる事と云えば…!的なイチャイチャ戯れ合いタイムの流れになり、侑の逞しい首筋に新作リップが纏う肉食系彼女の唇をツツ…と這わされてから僅か数分後の出来事からの現在に至る。…ン?不能、不能…不能…!?は?誰がや…ッ…(ガーン)

ーーー
ーー


「(〜〜ッあ"ーーークソッタレ!!据え膳食わぬは男の恥やろが…!)」
頭をガシガシ、と掻きながら大きな溜息をたっぷりと零しては、先程の自身らしくない行動や言動にムシャクシャに苛立って居た。なん!別に俺はフリーなんやから今まで通りセフレの一人や二人居たって構へんやん!誰からも責められる筋合いも無いやんか。健全なる下もサッサと吐き出してスッキリして欲も肌もツヤツヤになりたいもん♡なんて脳裏で自身をフォローしながらも女生徒に触れながら思い出し深淵から望むのは、気が付いたら何時の間にか自身の核全てに心身と雪が降り積る如く浸透し雪華に彩る"たった一人の女の子"の存在全てだった。

「(ーーああいう時、なまえちゃんは…どんな表情するんやろ…)」
先程の行為を振り返り其れで居て叩き出した答えとなる現実に、赤面しつつ眉間に皺を思い切り寄せては、刻まれた首筋のリップ音を"コレは不必要だ"と判断し、ゴシ…と掌で擦り揉み消すのだ。

◇◇◇

「双子とアンタの関係に変に首突っ込む気は無いよ。(面白!までは揶揄うけど)ーー只、」
彼らは云わば要衝だ。特に、秒の世界でセットを掛け"扱う銃弾は自分の意のままだ"なんて無意識に勘違いに仕向ける侑の指先から月日を築き重ね駆ける腕は、強豪稲荷崎のモンでもあるから石鹸で手洗ってハンドクリーム塗って最後までメンテして返してね?…なんて辛い意味深を付け加えられながら廊下で出会い際にポツリ、小さく擦り塗りたくられた角名からの一言が、なまえの深淵に重く伸し掛る。ーー角名の発言した言葉数は文字数としては極わずかではあったが、其の分示す言葉数の裏に隠れる深い意味合いは、腕をずぷり、と恐る恐る差し込み、手枷に成れば軈ては先の見えない暗闇に翻弄が待つなんて、予測すれば先が見透す事が出来る至って単純尚且つ淡白と似て非なるものであるのだ。

「あ……っ、私と宮くん、治くんは友人…で…!だから…」
「ーー別に?どんな関係でもお好きにドウゾ。今俺が言った通りにしてくれれば其れで良いから」
なまえ自身が落とす素面な言葉とは裏腹に、自身が治へ抱く潔い恋心と侑との葡萄酒の如く酔い知れ連なる関係に狂いそうに揺らぎ、発声する蛍火の灯が段々と細く軈てはチカチカと途切れていくのが反比例して、瞳に込上がり滲む熱量で嫌でも理解する事に成るのだ。そんななまえの様子を視界に映した角名は、これ以上彼女に関わると自身が大火傷しそう、なんてつい双子の顔と保身を思考し「…それじゃ」と一言落としては背を向けて素早く立ち去った。

先程の角名との遣り取りは、特に侑との関係性を強調して発して居た事…要は其方の関係性でナニしようが揉めようが勝手だが奴らの生き様であるバレーにアンタが割り込んで支障を来す様な真似は絶対にするなよ、との警告に近いニュアンスで在ったのは直ぐに理解出来た。それは故に、角名から直接下された言葉は決して揶揄いや意地悪とかでは無く稲荷崎やバレー、其して仲間を愛する想いから育まれた至極当然である事も痛い程に分かるのだ。ーー反面、最近、身近に増えた宮ファンの女の子から勝手な推測から生じた感情によりなまえに対して強い形相で放たれる「これ以上は二人に近づくな」「二人の周りチョロチョロしてアンタ何様なん?」「侑のウチらに対する接し方や考えが変わったのはアンタの所為じゃないん!?」等の牽制よりも正直、今回、角名から宛てられた言葉の方がなまえの胸を容易く貫く。

「(私が宮くんの優しさに甘えて…身勝手な事をして…っ)」
なまえの細い指先は自身のスカートの裾をキュッ、と握り締め乍も小さな音を経て、また一つ小さな星の欠片と共にポタ、ポタ、と強き狐火が灯る双子と化した涙の雫を零し落とした。暫くはその場に立ち竦み爪先から不安定に揺れる。其れは、珈琲の黒とミルクの白が待ち侘び運命を果たした瞬間の如く絡み混じり合うのだ。
軈ては"明日"を繰り返し、結局は何一つ進めずに居る蜃気楼の狭間は、握り拳の中に隠す"思い出"ばかりが積み重なって屑同士が固まり必然的に"今日"を生きる邪魔をする。春の陽が微笑み桜が満開に成る要を時計の針で刻んでーー延いては尽く散る無情なる瞬の風情に抗えぬと同じ、時間の香りだけが花弁を伴い散り去った。

"「ーーなまえちゃんの淡い色の瞳は、抗い誤魔化し足掻く俺の姿を映すのを何時まで黙って見過ごしてくれるンやろか」
「? 宮くん…?」
「罠に掛かって尻尾鷲掴まれ仕打ちされるんは構わん。ーー荊棘を選んだ俺のセキニンやから」
「…えっと、よく分からないけど…また、宮くんの責任?」
「フッフ。そうなんよ。せやからなまえちゃんの星座から俺に先ずは教えてや?少しずつでええから…こちとらドブ臭くとも同じ立ち位置にのし上がりたいんよ」
「星座…ってそんな簡単な事?あのね、私の星座はね…!」
「〜〜ちょ…い、待ち!ストップ。折角やから俺をサムに見立てて言わなアカンやろ」
「え…っと…?」
「ーーん、ン"んッ!あぁ、アレや。練習じゃ。……ちゃんとあざとくベタ甘えてイキるくらいに可愛くやで?」
「ええ!?ちょっ…と、そ、そんなの治くんに出来るわけ無いよ…っ…宮くん、急にそんな…どうしちゃったの?」
「ーー(ほんなら、"宮侑"には?)」"
友人だから、なんて簡単に言霊にして世に生み出す資格なんて無い。目の前にあるのは紛れも無い事実としてなまえにとっては耐え切れない寂しさを侑に全て掬い救われて居た。何も言わずに只管、なまえの願いに応える侑の本心は分からぬ儘、二人だけの時間と罪深いモノクロの色を重ね続けた。そうすれば掌と掌を重ね撫でるだけの行為だけでは終わらずに成り、段々と互いの指先を折って小さな貝殻を紡ぎ、ゆっくりと薄い氷を踏み渡る如く互いを繋いで絡めるに変わり、なまえがただポツリと願えば頬同士をヒタリと当てる、等と、身体だけの距離がイザコザに親密になって行く。ーーなまえにとっては、普段皆の前で見せる稲荷崎のアイドル、高校バレー界最強ツインズの片割れである表の彼と、彼との共存に近い紛れも無い裏である其れが、イケナイコトだと理解して居ても心の拠り所に近いモノに成って居たのは否定出来なかった。
然しながら角名の警告の通り、侑の綺麗な指先から始まる"今日"を穢す権利はなまえには皆無である事を肝に銘じておくべきである。

ーーー
ーー


「ん、ぷ」
「〜〜っ!?(なん…ッや、たかがハグで痛いくらいに勃つって…!…………ハッ、誰が不能じゃい)」
部活に行く前の僅かな時間の最中に空き教室での二人きりの空間を作り、二人の間でまたしても生じて仕舞った在る内緒の御話ーー侑からなまえに対して、ぎゅぅぅ、と大切に抱き締められる抱擁。これが小さな綻びから引っ掻けた始まりの合図であった。

「っあ、なまえちゃん…スマン…すんませ…ん」
当事者である侑にとってはなまえの存在は既に理屈じゃ無くなって居た。ーー云わば、動物的本能である。言葉にして詳しい説明を求められても応対不可能であるが、兎に角、なまえが可愛くて仕方ない。間違い無いのだ。ふわふわ動く小さな彼女を視界に映せばイチに抱き締めたくなり、ニになれば必然的に自身が元気に反り立つ。ーーサンでは可愛いうる艶唇にキスもしないし女の子の魅力的部分にこれ以上は触れずに堪えるから如何せんドウカ堪忍したってクダサイ頼んます。反面、なまえからすればこの抱擁は一体何を示すのかは本質や本意、本音は全く分からなかった。だからと言って侑から放たれる意識や理由に触れるのも何だか怖くて、なまえは上手くこの場を掻い潜り現実を取り戻そうと試みるしか術は無い。

「(ーーあたたかい…きもち、い…)」
侑の広いお腹や胸に埋まりながら、スリ…と何かを求める様な頬擦りを受けてはなまえ自身の髪から伝わる彼の温度が其の儘、なまえの目尻へと繋がるといった連想が痛い程に心地好く、治と同じ香りを含みながらも侑だけの香りを見付け出し、すぅっ…と体内に含み与えられる居心地良さに全身守られる感覚にトロリ、と表情を蜂蜜の如く蕩けさせては、つい侑の背中に控えめに手を回し添えた。
ーーもう、何だか色々とおかしいの。トクン、と一欠片の星が溢れ落ちる吐息の狭間で、自身がもう引き返せない立場や権利も失う感覚に襲われて、何かしらの思考や気持ちが欠落し陥った様な未知なるモノにジワジワと蝕まれた。

「あのな…なまえ…ちゃん…」
「(また……っ、や、だめ…!)」
なまえ自身でも此の点は確りと反省はするのだが、何故だか最近はもう我に返れば侑だけの香りを探して仕舞っている現実から抗えず悪循環に手首を捕まれる。ーーそう、最初は侑の香りは必要悪であり、治と同じ香りだけを探して居た筈なのに。侑との抱擁で幸せでぴくん、と蕩けると同時に、そんな自分自身にゾッ…と嫌悪感と共に強く覚えるのだ。

「っみ、宮くん…っ!」
「〜〜ッ、あい!」
「あ…あの…ね…私…」
「……ン"」
「…私…もう…一人でも、大丈夫だから…」
「ーーは…?…」
「慰めも優しさも…もう、要らないから…」
「…………」
「あの…っ、…だ、だから…」

「…もう、こういうの…やめよう…?」
此の儘では絶対にいけない。神秘的なる綺麗な星座に縋り寄り甘え続けるなんて到底許される訳が無い。みょうじなまえを正常に保つ為にも、本来在るべき姿である"淡く実らない片思い"を抱く日常へと一歩ずつでも着実に引き返す為にもーー…そして何より、目の前の彼の生命である指先から紡ぐ星と星の座標と道標を懸命に守る為に、私は彼との区切りを付けなければ成らない。

「ーーやめる…?」
高熱を保つ目許と体液で視界が酔いしれる程に揺らめく儘、彼が宿す狐火に焦点を合わせると決めてグッと見上げ水面の揺れに逆らおうとする最中では、陽だまりをキラキラ…を纏い味方につける綺麗な金髪と、放った当の本人でさえも鈍い痛みを催す三文字を疑問符として口元から再度、繰り返した後に短い溜息と共に吐き出し、彼の端正な顔から産まれた酷く傷付いた表情を携えた際に狐火にピントがカチリと合えば、ポロポロポロ…と耐え切れず溢れて零れ落ちた熱がなまえ自身の頬を駆け伝った。ーー…と同時に、この場に立ち入る際に侑となまえも使用した空き教室の扉が、また別の第三者の手により勢い良く、ガタタッ…!と開かれる音が鼓膜にグワンと響き渡り、無意識にもなまえの華奢な身体をビクリ、と跳ね上げさせたのだ。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ