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神様の悪戯なのか。似て非なる狐火の狭間で無礼に揺れたなまえへの深き罪による罰なのか。言葉には表す事が難しい体験では有るけれど、ユラユラと揺らめく影に潜む狼が威嚇し呷り、重たく伸し掛る金色の狐火を真っ向から受け入れるなまえは、トロリ、と始まりの箇所から身体ごと潤滑させフワフワとキラキラを融合し浮遊を許す感覚を、苺なる唇の先端から浸透させた。

「!?…っ、」
ドクン、と心音が響くリップ音は金色から押し付け沈み、ゆっくりと白く細い喉奥の裏側へと静かに伝って、熱が篭もる唇同士を重ね合わせた秘密の味を滲ませる。小振りな飴玉に果実酒の蜜をたっぷりと纏わせるかの如く。
経緯と現段階の途中であっても更に強く溢れ流れるなまえの瞳から、コロコロ…と新たに小さな雨音の宝石を3粒、繰り返し産み出す一連に生じる出来事だった。

「ーーおん、乗った。やめようや…"オママゴト"」
思春期真っ只中な所謂"オトシゴロ"の異性同士が青い春を謳歌するには充分過ぎる程に混濁する感を深く含む彼の熱の吐息が唇に当たって、其れの微熱を纏う至近距離での最中、なまえの滑らかなる細い手首をグッと掴み縋り求めては第一条件に彼女を逃がすまいと掲げ抵抗など決して許さないで居た。俺の権限だ、と強く誇示するかの様に。ーー逞しくも手入れを怠らない全ての結果を導く"稲荷崎の司令塔"は、意図(イト)も、愛(イト)さえも星屑と共に蹴散らし鋭く一線を妖異に踏み越える。
ーーそうだ。今迄が如何かしていた、なんてらしくも無い自身に軽く嘲笑う。要は只単に、たった一つの蛍火のヴネ・メデだっただけ。啖呵切った"上等"に終止符を打つ理由も免罪符を蹴散らす切っ掛けさえも、気取った潔さなんぞ別に何だって構わない。寧ろ、パタパタと尻尾振って"オリコウサン"なんぞ庇って無いで気付かない振りをしていたあの頃からーーもっと早くこうしておけば良かったんだ。

「…安心してや。"オママゴト"の玩具は綺麗に片付けても"セキニン"は最後まで引き受けたるから」
「っ、あ、あの…オママゴトって…何を…」
「ええかっこしいサムの身代りなんぞボケカスクソッタレ、っちゅーこっちゃ」
侑自身の強気な行動に似つかわしくも無く、なまえだけに対して甘ったるく注がれる微熱と魂動を(侑にとっては恐らく不本意であろう)確りとなまえに伝える。…なんて、此処までの文脈であれば甘酸っぱく淡い物語である。

「身代りでもええ、なまえちゃんが側に居てくれるなら…なんて、ズルは言うてても贅沢は言わんかったやんか。ーーセコいし到底似合わんけども、ずっとそうやっておった」
「…み、やく…」
「根幹は何一つ変わらんよ?…なまえちゃんは女神なんかじゃない。正義の天秤を平行に保つ慈悲深さなんて要らん。ーー別にトクベツな事や無い」
「〜〜あのね…っ」
「 せ や け ど 」
「(ビクッ)」
「茶番はこれで仕舞いじゃ。ーー今後、俺の視界に入ったらそれ相応の覚悟はせぇよ」
慰めも優しさも必要無いんやろ?と加えられた言霊により尚更、ズキン、と心の深淵から鈍い痛みで火傷する。今迄、共に過ごして来た侑との温もりなる思い出とお茶目で優しい彼の言動と表情が走馬燈に駆け巡り、カチコチカチ、との刻の針の音と共に五寸釘で心臓に打ち込まれる感覚に陥った。
今現在、私の目の前に居る宮侑は、本当にあの"流れ星"の様な彼と同一人物なのーー?

蝙蝠と吸血は表裏一体に在る。
不況音を鳴らし歯車が噛み合わ無くなるこの状況下に於いて同時に伴うのは、あの"宮兄弟"が双璧に立ち位置する星座標なのだ。今まさに此処に居る主要登場人物三名の関係が箒星に乱され、大きく変化を告げる星屑の海に足を絡められては、とぷん、と息継ぎを許されず三人共に静かに溺れるしか無かった。

「俺もなまえちゃんもーーサムも、邪魔なモン(感情)取払った方が互いに都合がええやろ。其れに元々、人間関係で回り諄いのは嫌いやねん」
「〜〜ッ、に…!」
奇しくも引き金を引いた空間に立ち入り且つ、目の前で繰り広げられた口付けと遣り取りなる始終を目の当たりにした治は、後頭部を思い切り鈍器で殴られた様な非常に強い衝撃に息と言葉を飲む。次いで暫くして我に返れば、腸から急速に煮えくり己から湧き上がる怒気と嫌悪感に全てを委ね任せて侑の肩に手をやり、無理矢理になまえとの距離を必死に離した。
ガタガタバタン、と大きな音を発たせては周囲の椅子や机を乱す中、此の儘、侑が治に対して発言する言葉を選ばなければ、プチン、と治の堪忍袋の緒が簡単に千切れるTHE ENDの選択といった一歩手前。其んなこの現状なる最中に確信した事と云えば、なまえとしても一番知られたく無かった人物から無情にも領域に足を踏み込まれて仕舞った現実と、駄々を捏ねる身から出た錆により純粋に片想いをしていた泣き弱るあの頃に引き返せぬ事が出来ぬ、と叩き付けられた現実に、其して"心の拠り所"を喪った事に深く傷付いている醜く身勝手な自身に、火傷した傷から牽制が侵食し膿が生じた。牙を剥ける彼が求めるのは血液か果実か、若しくは両方か?

「〜〜ワケわからん事…ッ大体、なまえ泣かせよって…!」
「っ、待って!お、さむ…くん…!」
况てや揉め事なる場なんぞ目の当たりにする事なんて(最近になって一部女生徒により牽制との形で生じ始めてきたが)無関係な生活であった事から免疫なんぞ持ち合わせて居ない彼女にとっては耐え切れないのであろう。カタカタ…と様々な理由により震えるなまえの小さな手は、治の振り翳す腕をギュッ、と掴み精一杯に阻止する。

「(私が治くんの事を想ってる事は宮くんが一番、分かってる筈なのに…なのに、どうして…?)」
だからこそ"唇"を摘んでは責めた侑の真意と意図が理解が出来なかった。先程の侑からの触れる口付け程度でならば二人だけの秘密を重ねる時間に比例して頬や額、顬に幾度となく落とされてきた。若しかしたら二人きりの秘密を重ねる中で、なまえが侑に甘える度に受け止めていた侑を傷付けてきたのかもしれない。ーー…いや、傷付けて来たので在ろう。それで居て、自身の身勝手な発言により呆れられ嫌悪感へと変化した。其れがなまえの心内での現在の状況に至る経緯、道筋である。故に幾ら自身にとってはファーストキスだったとしても、侑の心の傷に比べたらきっと容易いモノであるのだから対価として支払うのは致し方無いのかもしれない。更にもう極端に言えば、秘密を重ねる毎を黙って了承し甘え縋ってきた形を取ったのだってなまえ自身であるのだから、侑に対して文句を言えた義理は無い、と無理矢理に納得に繋げるが、然しながら如何せん、なまえだって人間であり一人の女の子である。互いの暗黙の了解の中で超えては成らない一線だよね、と"唇"は互いに自然と避けて日々を連なっても来た筈なのに何故?急遽?強いてはこの状況で口付けなんてして来たのだろうか?なまえ自身だって自身なりに道筋を立てて理解しようにも頭が追い付いて居ないのだ。寧ろ、侑から自身が嫌われたから…?だからこそ唇を重ねたのーー…?考えれば考える程、推測を重ねる毎に鈍い痛みが傷口から出血し果実が熟すのだ。侑の唇がなまえの唇から離れても尚、ほろ苦く痺れる火照りがジィん…と保ち含むのは"宮侑と口付けを交わした現実"と"宮侑の譲れない自尊心"が深く刻まれた所為なのか。それともーー…

「…宮くん、治くん、ごめんなさい…っ…」
ーーきっと、今までの自身の身勝手な立ち振る舞いや発言により嫌悪感が生じ溢れ先程の発言に然り現在の状況に繋がって居るのだと、ギュッ、と辛さを堪える為に目を思い切り瞑りながら燈が消沈する様に謝るしか思い付かず、故に出来ずに居た。果たしてこの選択肢が正しいのか如何か、誰か教えて欲しい。

「ーーなんで、なまえが謝るん」
「はァ?謝れなんて誰も頼んでおらんし余計な要らん一言ですけど。そんなンで今迄の全部チャラにしよ思ぉとんの?…つくづくやね」
「……っ、」
「場の雰囲気や感情に流されてもう忘れたん?なまえちゃんが今謝っとんのは強引に唇奪っとった相手やぞ。ーーッは、頭よわよわも御愛嬌、ってか」
「黙れや侑。ええ加減にせぇよ…!」
「ーー、オノレじゃ。何も知らんクセに俺となまえちゃんがナニしとるか見よっただけでズカズカ偉そうに入り込みよって」
「ア"ァ?」
「部外者は邪魔や。さっさと去ね」
「ーーブチ殺したる。表出ろやゴラ」
親指で首を切る真似仕草をしながら非常に鋭く放たれる侑の瞳の奥は熱い。対抗する侑の特性である狐火とは似て非なる治の狐火は、青灰であり吹雪く九尾を連想させては吼え、パキパキ、と骨鳴らしの合図から全てをも凍てつかせる。

「(どうしよう…私の所為だ…)」
「なまえ、一緒に菓子食わん?」なんて普段向けられる彼の陽だまりからは想像がつかない彼の一面性、提灯の燈と蛍、狐が嘘に嘘を貸す現在に、なまえの心情は不安で混濁し厄介に濁り溶け始めた。

"「ーー別に?どんな関係でもお好きにドウゾ。今俺が言った通りにしてくれれば其れで良いから」"
神秘的なる星には近付き過ぎては成らなかったのだろう。彼らに与えられる灯を多くは決して望まず、地に足を付けて夜空を見上げる距離感が至極当然であったのにも拘わらず、望んだ浅はかさにより自身が膿出した新たな星座として結ばれた。あの時の牽制に寄る角名からの遣り取りが脳裏にリフレインし響き渡る救難信号は、無慈悲にも意味を為さないでいる。
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