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「ーー変に恥ずかしがり屋なトコあるんやけど、誤解せんでな」
「珍しく言葉選んでるね。…何?」
「〜〜その…イけ好かんのは、まァ…控えて欲しい…」
こんな時にでも口ん中に飴でも含んで舌で転がして遊んでるの?さすが食いしん坊、なんて嫌味を言いたくなる空白の不快と一度きりの深い瞬きが生じては…あー、ナルホドね、と目の前の渋い表情と微睡っこしいヒントから思考し試行を重ねた結果、回路をこじつけて了見を解き浅い溜息に乗じた応えを吐き出した。

「歴史的な満身創痍だね、双子」
「〜〜、今話しとんのは俺じゃ」
次は別教室だから、と素早く支度をし授業に備える真昼の現刻は、最も過ごし易い正に気候と適温である。今日は外で昼メシ食うかな、なんて次いでに浸りたい。然し乍ら、適温を穏やかに感じる角名の隣には、穏やかなる日常に不適である絆創膏や湿布でさえも隠しきれない程の傷と痣を深く彫った双子の片割れである友人が共に歩いていた。端正な顔が(顔だけは)オキノドクニ、なんて視界に再度映してみるが(当たり前だが)見るに堪えない痛々しさはやはり失せてはくれない。因みに現在はクラスが別の為に共に行動はしないが一方の片割れも全く同じ顔で全く同じ数の傷と痣が彫られており、言うならば救いようが無い。そう、救いようが無いのだが人情として少々色を附けた情けを掛けようか?とも思考したくもなる面である。

「みょうじの事?」
「ん、ン」
「………確認だけど、俺に言ってる?」
「せや」
「はァ…別に。誤解も何も寧ろ何でもないけど」
「お、おぉ…?そうか。そら良かったわ!」
みょうじ個人の事に対しての意識として云わば唯の同級生でありそれ以上もそれ以下も無い。ーー全く、治も治である。大体、自身と彼女の接点を繋げる事が困難なのだ。身近である勉学を受ける学科や教室が存在する階からして異なる始まりで在るのだから、彼女との間に双子を介入させる以外ほぼ皆無で事柄なんて持ち合わせる筈が無いだろう。ーー逆を言えば、必ず双子を介したが為に致し方無く生じた感情しか彼女に対して持ち合わせて居ないのが模範解答である。

「で、意図は何?……あぁ、俺の事でも相談された?」
「!?なん、ッ、角名、なまえになんか言ったんか?」
「あのさ、今質問してるのはコッチだよ」

"「双子とアンタの関係に変に首突っ込む気は無いよ。ーー只、」
「あ……っ、私と宮くん、治くんは友人…で…!だから…」
「ーー別に?どんな関係でもお好きにドウゾ。今俺が言った通りにしてくれれば其れで良いから」"

「(フーン…治の様子からしてみょうじはこの間の事を話して無いんだ)」
みょうじの話題が頃合と共にタイムリーな訳で、さり気無く治に問いたが返って来た反応は自身の予想を見事に外した様だった。未だ日が浅い先日の出来事である彼女との遣り取りと同時に彼女の困った表情が角名の脳裏と心情に鮮明に浮かび上がる。困った表情も此方が不本意にも怯む程に(ポーカーフェイスを装う)可愛いなんてみょうじは狡いよね。あの双子さえも魅了され(更に双方ときた)必死になるのだし唆されても敵わないんだろう、なんて脳裏に張り付いた感を払うように誤魔化す角名にとっても印象的となる出来事では在った。追加で白状して仕舞えば、どーせスグにでも双子に泣きついたりして、なんて正直、思ってたりもしたのも嘘では無い。

「(ーー発言に後悔は無いから今後も謝れと誰に言われても謝る気は無いよ)」
様々な時折を端折っても角名の自尊心としては(例えばの話)万が一、彼女が双子に偽りや怒り、悪意を込めて相談した場合でも特に一向に構いやしないし想定の対策や言い分も考慮していたのだ。何故ならば故に自身は間違えた事は申して居ない、の一心であった為である。其れに自身だって故郷である愛知から離れて迄、心身共に生半可に稲荷崎のバレー部に所属している訳では無い。其の心内や心粋の総合的判断は双子にだって痛い程にでも理解するだろうし、して貰わないと困る。クサイセリフでは在るが角名にとっても稲荷崎のバレーボールは神聖なる星座の玉座なのだ。

「なまえを見てると腹減るんよ。だからせめて摘み食いくらいはしとぉなる。少しだけ、少しだけや、…せやから其れが積りに積もうて積み重なると…」
「俺に色恋沙汰の話題は勘弁して欲しいんだけど」
「恋愛の話ちゃうやろが。今言うとんのは俺の話やろ!」
「………は、本気で言ってんの?」
傍からでも御覧の通り体で感情を現わにするのが通常運転である双子である。とあれば、言わずもがな双子にとってトクベツであるみょうじ関連で何事か生じれば近隣住民代表である…もとい最早、自治会長(半強制)である角名にとっては(こればかりは銀島もであるが)音を荒らげて振り回される。ーー面白!な場合は暇つぶしやSNSのネタにも成るから気分上々。正に得に成る場合は一向に構わないのだが(身勝手な事は百も承知で)眉間に皺が寄る際には反比例して黙ってそっぽを背く程にメンドイのである。容易に申して仕舞えば、みょうじは聖なる源でもあり元凶でもなる。ーー至って其れが、角名の真意である彼女に対した掘り下げた意識なのかも知れない。

「ああもう何だか頭痛くなってきたわ」
「おん。俺とツムが好きな角名がなまえに嫉妬しとんのかって話にか?」
「…………何て?」
「なまえが羨ましくなってもうて身勝手に拗らせとんのちゃうん」
「ーー侑と今世紀最大の喧嘩した挙句、修復不能に脳味噌イカれた御様子で。南無阿弥陀仏」
侑はもっと頭ポンコツになってるなんてまさか言わないよね?なんて呆れた表情で発言をしつつも此処はシャッターチャンス、オッホホ。なんてポンコツ記念としてもネタとしても茶番のお代としてもetc…治の腹立つ顔にスマホを向けてはカシャカシャとシャッター音を鳴らし遠慮無く連続撮影をして行く。冗談じゃ、なまえの事をスナにも少しは知って欲しいだけで深い意味は無い、なんて、絆創膏が貼られた巧妙な意義の誤魔化しを行う口角を敢えて何もツッ込む事無く黙って目線で辿れば、何なら傷に塩を塗るくらいは許せよ?なんて侑との現在の関係話題を口にし問うと、想像通りに治は口をムッ…と口をへの字に思い切り瞑り、その反動でピリリ、としたであろう痛みを伴い顰める表情仕草の転換がテンポ良くて横目に覗き込みつつ頬が緩んだ。

「冷戦、と」
「そんなんやない」
「……まぁ、好きになっちゃったんなら仕方ないんじゃん?侑も人間だったってワケで」
「ーー侑は、片割れ、って思うとった」
シン、とした端から治の似合わない意味深なる台詞を合図にして静寂の雫がポタリ、と零れ落ち伝うと共に、たかが恋、されど恋なんて淡い星と色の星で自尊を繋ぐ恋の幕は、到底は理屈じゃないのだと座標軸に魂動して夜空に瞬く。ーー傍から聞けば頭上にハテナが浮かび上がる発言とも取れるが、延いては双子にとって核心との意味がある言葉の切れ端だと示す携えは、角名とて或る程度の深い付き合いにして空気から理解する耐性も自ずと備わって居るのだ。

"「ンのクソッタレが!セッターの大切な拳やぞ?痛いわクッソ腹立つ死に晒せ。己ァあん時潔ぉ俺の一発(拳)で黙って沈み斃れやポンコツ!」
「オノレ吐いたん全部俺ン台詞じゃ其の儘返すわ黙っとれクソボケカス!喋ると切れた傷に響くンじゃ喧しいブチ喰らすぞ」
「うわぁ、ドン引き口悪性悪オンパレードやん。…なまえちゃんはサムの本性知っとんの?」
「…………なぁ、ツム」
「‪なんや」
「………"イツカラ"、じゃ」"
かの大喧嘩は双方の勢力も普段の比では無い程に互いに暴れ尽くした。普段は名物に位置付けされている彼らの喧嘩だが今回に至っては野次やら煽りやら飛び交う周囲の反応から全く異なった。焦燥感を抱く人々の宥めや救いや説得、最終的には在る人物らの登場により如何にかして暴れ狐を引き離し無理矢理に終幕、帰宅後の自宅では二人仲良く各一発ずつ母からの怒りの鉄槌が加わり(其れが正に効果抜群のなんの)至る場所にヒビ割れた星が二つが提灯の如く灯る宵に一人の漢同士として向かい合わせた遣り取りをも生じては又、互いの心臓を半分こした断片の淵から新たな星がキラキラ…と黙って燃える。そんな回想を寄せては帰す波に乗せて思い返し巡らせては、治はゆっくりと口を開いた。

「ーー…悔しいんじゃ。侑の気持ちに気付かんかった。あと悔しいのも悔しい」
「侑は治の片割れで逆も然りで、だけども個々の人間で、ってお前らにとっちゃ正常な事じゃん」
「人に言うても伝わらんけども、ツムと俺の心臓の奥の配線は繋がってて妙に共鳴するんよ。今迄は俺の感覚に嘘は無かったからな。ーー今迄は。…俺のアタマおかしくなったんちゃうぞ?」
「……そこまで言うんなら侑の事よりも先ずは自分の気持ちにもそろそろ目を向けて気付いてあげたら?」
「ーー……?」
「要は、さっさと気が付いて決着付けるなり何なりして普段通りに脚広げて着席しといてくれる?今の所、面白くも無い拗らせだから突っ込む趣味もする気も無いよ」

ーーー
ーー


強引で不意討ちなキスと灯る眼差しの"アノトキ"から蜂蜜の色と食感の様にトロトロ…と魔法が解けて、時計の針がカチリと音を奏でる。ーーそして音が鳴り終わる頃には、侑となまえの関係は確実に変化していた。侑曰く"なまえとのオママゴト"に完全終止符を打った形から経て今現在である。正直言うと、感情が重なり混濁して非常に未知であり不安定である状況だ。
ーー治とは関係は変わらない。寧ろなまえに対して申し訳ない程に更に気遣いや言葉を施してくれた。其して侑との関係はと云うと最近は専らなまえが遠目から侑の姿を見掛ける事は在っても侑と二人きりになる状況は皆無だった。次いでに理由は察していた。頃合や精神面から総合的な理由が重なるのに加えて(マイナスな想像や推測にはなるが)自身と関わらない様に彼から上手く避けられて居たのだろう、と悲しくも感じて居た。

「……み、やくん……!あ、あのっ……少し、だけ…時間を…くれませんか…?」
自身の所為により治と侑の今世紀最大の喧嘩で生じた(主に双方の顔面)痕が薄くなり日没に差し掛かる頃合だ。
ーー折角、星と星、灯と灯で繋げた灯火を此の儘消して仕舞って良いのか?誠の真意や真実を知るのは前提として何よりも彼と今以上に悪い方向に行くのが怖い、なんて身勝手を含んだ自問自答や感情や意見を繰り返すが、侑の心内や言い分、真実や理由、逆に自分自身でも整理や理解が伴わない本心を只只、心に刻み受ける為の一歩を進みたくてーー…又、許してくれるなら友達として一緒にお弁当を食べたり色々な話をして笑い合いたい。其んな淡く儚い望みを抱き心の深くで願いながらなまえは廊下を一人で歩く侑に意を決して話し掛けた。

必然的に互いの身長や体格差は一歩、また一歩と距離が縮まるに連れて明白になり、なまえを簡単に呑み込める錯覚を示す"現実"にも、とぷん、と深く満ちた。牽制も脅しも無い儘に、友人である一般的なる適度な距離の境界線は物理的に超え、侑の両方の掌でなまえの柔らかく小さな両頬を挟み包む情景を、太陽が青と橙と白に姿を変える夕焼けは窓から覗き行末を静かに見守るだけだった。後に太陽が焼けて暮れに沈めば狐火が映える宵の刻が訪れるのを恐らく待ち侘びているのだからと、蛍火をふわふわ、と揺らしては侑の手の甲に指を撫でる様に控えめに重ねた。

「俺の視界に入ったんなら、それ相応の覚悟はしてきたんよな?」
ーーああ、この感覚は忘れたくとも忘れられない。振り向き様の特有な流し目から全身の性感帯を破り穿かれると誤解しそうな見下ろす視線、輪郭を撫でる影をも味方に付けては喉元に牙を剥け服従させる如く、繊細な蜂蜜と狐火の瞳の色は"アノトキ"と全く同調し妖艶に姿見が重なる。

「〜〜っ、お願い…少しだけでも…話がしたいの…」
ドクン、ドクン、と心臓と血液が身体中を鳴り巡れば彼にも触れた唇の頂きから奥底の女性としての本能まで侵蝕し果実が甘く熟れる様に疼いた。この正体は、耳元で囁く危険を報せる警報なのか覆り福と為す前兆なのかーー…
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