よろず部屋

□煙草と君とサンダルと
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いや、……まあ、なんだ、その…、ああ、そうだ、アレだ……ムカつく。

ああ、そうだな。ムカつくんだ。イラつく。うぜぇ。

うん、うぜぇ。

苛立ち紛れにそこいらの物を打ち壊す訳にもいかねぇ。何故ならここは俺の家なのだから。この苛立ちに見合う暴れ方をした場合、間違い無くこのボロアパートは倒壊する。そしたら俺は明日から何処に住みゃあ良いんだ?因って今の俺は、ただ只管紫煙と灰と吸い殻を量産する事に専念していた。

静けさが耳に浸み入る部屋ん中で、纏わり付く煙と山盛りになった残骸と、大量のそれにも紛れず嗅ぎ取ってしまう己の優秀過ぎる嗅覚に余計に苛立ちは募る。

ああ畜生。臭ぇ。うぜぇ。ムカつく。イラつく。

「………ち、」

白と黒と茶で出来た山の中に新たな残骸を加え、直ぐ様次を咥えようとした俺は、そこで最後の一本を吸い尽くしてしまった事に気付き、舌打ちと共に手の中の空箱を紙の塊へと変えた。

仕方無しに立ち上がり、髪を掻き回しながら財布を尻ポケットに捩込み、玄関へと向かう。テーブルの上には灰皿とそこに盛大に盛られた吸い殻と空になったカップ達。その片隅のコンビニ袋なんざ知った事か。煙草切れたんだよ、それだけだ。

ああ、それだけだ。俺はコンビニに煙草買いに行く。それだけだからちゃんと靴履くのも面倒臭ぇ、サンダルで充分だ。

突っ掛かけて、安普請の扉を開ければ室内より幾分冷えた夜気が肌に触れる。その心地良さよりも一段と強くなった臭いに、思わず額に青筋が浮かぶのが判った。

臭ぇ。ムカつく。

苛立ちを抑え込み、右へと歩を進める。一番近場のコンビニは左へ行った方角に在るが、あそこは……、……プリンの品揃えが悪い。俺が右へ行くのはそんな理由だ。クソ、早く煙草吸いてぇ。全くイラつく事この上ねぇ。

臭ぇ臭ぇ、うぜぇうぜぇうぜぇうぜぇ。

固い音を立てる一歩毎にその言葉を浮かべ、進む。

何でこっちなんだ、クソ野郎。駅にもそっちのヤサにも違う方角じゃねぇか。巫山戯るな、人を馬鹿にしてんのか。

それとも。

そんな思考の切れ端が苛立ちの合間に浮かび、更なる苛立ちを煽る。狭く暗い路地裏、所々にぽつりぽつりと街灯、自分以外はほぼ皆無と言っていい人影。危険と言えば言えなくも無い場所。だから何だと云うのだ。俺が不安に思う要素等、屑程にも有りはしねぇ。

不意に背後から照らされて顔だけ斜めに後ろを見遣ると、何処かの路地から侵入して来たらしいワゴン車がこちらに向かって来るのが見え、右側に寄って道を空ける。

こんな狭い道通るんじゃねぇっての。

苛立ち紛いにそう思い、自然険しくなる視線の先、何と無く見覚えがある気がするワゴン車が唐突に止まり、そのままこちらへとバックを始めた。

おいおい、俺が言えた義理じゃねぇが、いきなりバックするとか道交法って奴に引っ掛かるんじゃないか?つか、危ねぇんじゃねぇのか?

その程度の危機感しか沸かないのはワゴン車の速度故だろう。とろとろとバックして来たワゴン車は危な気無く俺の隣で停車し、訝し気に見遣るその先で、運転席側のウィンドウが下ろされた。

「よう、平和島の旦那。いや、一瞬判んなかったぜ。いつもの格好じゃないとイメージ結構変わるのな」

「…あ?…あ、えっと、」

覗いた顔にぱちりと瞬きをして思う。見覚えがある筈だ、こいつぁ門田達がいつも乗ってる車だ。門田と、何か訳判んねぇ宇宙語を話す…狩沢って女と遊馬崎とか云うガキと、それとコイツ……。

「………え…と、冨樫……つったっけか?」

「…………渡草だ」


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