よろず部屋

□例えば、世界が。
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例えば、の話だ。

例えば。

後輩の二人の少女。

例えば。

最も信頼を置く女帝。

同級生。

部活仲間。

同好の先輩。

古本屋の老夫婦。

小さな少女。

身体の弱い青年。

怪しげな通販番組のオカマ社長。

大食いのデブ。

他校のライバル。

生徒会の一年生。

その他諸々。etc.etc.

……お前は誰にでも愛想を振り撒き、相手に好かれ、その仲を深めて行く。

誰にでも。それこそ文字通り老若男女問わずに、だ。

お前が誰に好かれる。

その度に、俺は嫌いな人間が増える。

人々を護る為、闘っていると云うのに、何と言う矛盾だ。

お前の所為で、俺は護るべき対象を全ての心でそうしたいとは思えなくなってしまった。

不機嫌そのものの声で告げた俺に、お前はキョトンと瞬いて見せた。

『じゃあ、先輩は、自分が一番嫌いなんですか?』

何を。

『だから、僕が好意を向ける相手を嫌いになっちゃうんでしょう?だったら、真田先輩は世界で一番、自分を嫌いにならなきゃいけないんじゃないかな』

何か。

飛んでもない告白を聞いた気がする。

咄嗟の言葉が紡げ無い俺に、お前は更に畳み込む。

『自分で自分を嫌うなんて、何か真田先輩らしく無いと思うけど、別に良いですよ』

続く言葉。甘く耳障りの良い声は揺らぐ事無く俺に爆弾を投下する。

『先輩が、自分をどれだけ嫌いになったって、その分僕が先輩を好きで居ますから』

だから、大丈夫です。

微笑み。何が。

大丈夫なのか、とか。そんな事は言えなかった。

大丈夫だから。

例えば。

こんな俺の、幼稚で下らない、みっともない嫉妬でさえも、お前は包み込んでしまうのだから。

大丈夫、と云う、お前の言葉を受け入れてしまうしか無い。俺にはそれしか出来ない。

強くなる。より強く。より護る為に。それが俺の願いでもあり目標でもある。

しかし、幾ら強さを極めても、このお前の言葉には到底適わない事を悟った。

大丈夫。

大丈夫ですよ。

ずっと―――
















―――そしてお前は居なくなった。

世界に全てに、全ての人に好意を持って、その身を差し出した。

お前の居なくなった世界に俺は、居る。

情けない話だ。あの日の己の言葉通り、俺はお前が好意を向けた、この世界が全ての人間が嫌いになっている。

そして何より――お前のあの言葉の通り、俺は、俺自身が嫌いで仕方が無い。

けれど。

―――大丈夫、ですよ。

あの日のお前の声が、今も俺に囁き続ける。

――じゃあ、先輩は世界で一番自分を嫌いなんですか?

……ああ、判ってる。判っているさ。

先輩がどれだけ自分を嫌いになったって、僕がその分も先輩を好きで居ますから――。

判っているとも。

お前の居ない、この、怨嗟に満ちた世界の中心に、俺は居る。

そして、その俺の中心に、お前が居る。



あの微笑みのままで。

ずっと―――。












“例えば、世界が矛盾に満ちていたとしても”




END

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