よろず部屋
□ノータイトル
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本当に、男前だよなぁ…なんて思う。
睫毛とか、結構長い。滑らかな頬に影作ってるし。鼻筋なんかもスッと通って、造りモンみたいに形が良い。あ、こう云う時は『お人形さんみたいに』って表現使うのか?お人形さん。何か違うような合ってるような。うん。肌は白い方だよな。人形っぽい?かな?唇も厚過ぎず綺麗な形してる。…けど、やっぱ、お人形さんは違う…かな。人形の口は動かない。動いたら驚くし、多分違和感を感じる。それはきっと、人形の口は動かないって云う先入観の所為もあるんだろうけど、そもそもに造り物の口は動かないように出来ているから。だから違うな。人形とは違う。この理想的な形の唇は喋るし、笑う。物も食べるし溜め息吐く事もある。まあ、その全てが決まっているけど。同性として軽い嫉妬を覚える位には(そしてそれを認めてしまう位には)格好良い。格好良い。そう。綺麗だけど、そこに女性的な美しさは交ざらない。飽く迄も格好良い。正真正銘、男前ってヤツだな。
「…………どうかしたのか?」
ほら、こうやって動いても格好良い……って、アレ?
「……アレ?」
ふと我に返ると、小さなテーブル向こうから相棒が此方へと目線を向けて来ていた。
少し黒目勝ち(そういや、アッシュグレイの瞳でも黒目勝ちって云うのかね?)の双眸が真っ直ぐこっちを見ていて、そのグレイの中には俺の間抜け面が映り込んでいる。
つまりは、男二人、小さなテーブル挟んで見詰め合ってる…と、実にお寒い状況。
いや待て。待て。つらつら考え、知らず見詰めてたのは俺の方だな。こいつは、いつの間にかノートに置いた手が止まり、更には己を凝視して来る俺に疑問の視線(と声)を向けたって訳で。その証拠に相棒のその瞳には純粋な疑問の色が宿り、首なんかも微かに傾いている。
にしてもコイツ、目線真っ直ぐ過ぎんだよ!
いやでもしかし。「勉強教えてくれ〜っ」とか言って泣き付き、相手の自宅迄押し掛けた身としては、ナイだろう。余りにも失礼ではないか?俺!?
「あ…っ、わり、ちょっと気ぃ抜いてた」
「良いけど…、疲れたのか?一息入れるか?」
怒っても良い筈なのに。そんな此方を気遣う台詞と表情。ああ、クソ。本当に男前だよな、コイツは。外側も内身も。
だから。
「いや、疲れ…たかは判んないけど、今、お前に見取れてたわ」
そんな台詞は抵抗無く俺の口から滑り落ちてた。
「は?」
「男前で格好良いなぁ…って」
言ってしまってから、流石にコレはマズかっただろうか?とか気付く。サムい?と言うかイタい?今の俺の台詞ってもしかしてとってもアブナい部類なんじゃね?
そんな事に気付いてしまえば、どくりと一際大きく波打つ心臓。ヤバい。変な汗掻きそう…てか、もう滲んでるし。
「いや、あの、へ、変な意味じゃなくて、単純に、綺麗な顔してるよな…っ、てその、なんだ」
言い訳とか!なんだよ、コレ。なんだよ、俺っ。これじゃあ益々ヤバい発言を認めてるみたいじゃんか。いや、違くて!本当に俺、造作の決まり具合に感心してただけで!
「えと、だから…っ」
「陽介陽介、落ち着け」
二回名前呼ばれて。相棒の十八番みたいな言葉。見やれば、目の前には薄く笑むヤツの貌。…あ、やっぱり人形なんかじゃない。そう、思う。人形なんかじゃ全然無い。コイツの笑顔には、何つーか、温度がある。
俺を安心させるような温度が。
判ってる、そんな風に教える眼の色が、悪戯っぽく瞬いて。
「惚れるなよ?」
「惚れねーよ!」
そんな風に軽く言ってくれるから、俺も反射的に笑って返す。
やっぱ、格好良いわ、お前。うん。
波打ちの余韻を残す心臓を宥めるようにそう確かめれば、目の前の男前は、一度大きく瞬きをして、何故か俺から視線を外してしまった。
折角静まり掛けた心音がまた跳ねるのが判った。
「いや……」
「何?どした?」
言い淀む相棒は、筋の張った男らしい手でもってその口元を隠す。尋ねる俺の声は少し引っくり返っていたかもしれない。
容貌の整った奴は、目元隠すと判るっていうけど、口元隠しても判るもんだな。つか、どんな仕草も絵になる男だよな。
「悪い、訂正」
「へ?何が?」
「……惚れて、下さい」
うっすらと頬を染めた男前から飛び出した台詞は。
煩い俺の心臓を、一瞬だけでも完璧に止めるような劇薬だった。
END