よろず部屋

□JUST COMMUNICATION
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その日出勤した宜野座は、自分のデスクに置かれたそれに気が付いた。

正確に言えば、出勤してすぐに気が付いた訳では無い。デスクに慎ましく座している私物である観葉植物――ミニサボテンに、就業前に水でもやろうかと考え、目を遣った時、その小さな鉢植えに立て掛けてあったそれに気付いたのだ。

「……?」

見覚えのないそれは明らかに私物では無い。

常守監視官に。霜月監視官に。六合塚にも尋ねてみたが何れも「知らない」との返答が返って来た。そして、更に言われる言葉――「何ですか?それ」

「何だろうな?」

何れにも曖昧に返した。

***

公安局ビルの屋上は、監視官時代の宜野座の逃げ込み場所だった。怒り苛立ち憤り、悔恨。様々なやり切れなさを抱えて此処で見るとは無しに空をビルを街並みを見詰め、風に吹かれて居た。

そう云えば。と宜野座はふと思う。そう云えば、執行官になってからは此処に来る頻度は下がって居た。

色相を気にする必要が無くなった所為か――多分、そうだろう。あの頃の自分には、色相をクリアに保つ為、犯罪係数を上げない為に息を吐き出す場所が必要だった。――それでも。

そう。それでも。

嫌な感情ばかりを持ち込んでいた此処は、それでも今も宜野座の気に入りの場所だった。

ビル風が前髪を強く乱す。時に視界を塞ぎ、顔面を擽るこの伸び過ぎた前髪を、切ってしまおうかと思うのはこう云う時だ。

外界との繋がりも隔絶も、眼鏡を取っ払ってしまった今、何の理由にも妨げにもならない。けれどもこの前髪を短くするのを思い切れないのは何故だろうか。

それは、一係の半数を占める女性陣(プラス唐之杜)から強固に反対されて所為もあるのだろうが。

バタバタと煩く顔を叩く前髪を掻き上げ抑え、宜野座はもう片方の手でスーツの内ポケットからそれを取り出す。

真っ白い小さな封筒。

簡単に封をされたそれを開けば、中には二つ折りにされた少しだけ厚めの、これまた真っ白な紙が入って居た。

――何ですか?それ。

そう訊かれるのも無理は無いと思う。

全てが通信かメールで事足りてしまう現代だ。特別な要件に関してのアプリケーションもセキュリティも充実しているこの時代に於いて、誰に見られるか判らず、更には資源の無駄遣いでしかない紙のメッセージカード等、最早前世紀の遺物を通り越して、無意味でしか無いと言えるだろう。

年若い彼女達がチラリと目にしただけのこれの正体が判らなかったのも当然だと思える。

宜野座にした処で、短くは無い(決して長いとも言えないが)人生の中で、こんな物を貰ったのはこれが初めての事だった。

真っ白な封筒に宛名は無い。そして差出人の名も。中身を確かめ、封筒の内側を覗き、更に透かしてみたりもしたが、それらしき署名は見当たらなかった。

署名無き、覚えの無い封筒。ならば自分宛てでは無いのではないか。一瞬だけ宜野座の脳裏に浮かんだ考えは、しかし、中を改めた次の瞬間には否定された。

真っ白の署名の無い封筒。中には二つ折りにされた真白な紙――開いたそれに記された文字は手書きの物だった。

『Happy birthday』

その一文を見て、初めて、今日が己の生まれた日だと云う事に気が付いた。念の為と、公安局全職員の生年月日を検索してみたが、宜野座と誕生日を同じにする者は居なかった。

己のデスクに在った事だし、これは自分に贈られたバースディカードと考えて、誤りは無いのだろう。だが。

一体誰から――

紙媒体を好んだ知り合いが、一人、頭を過ぎる。


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