よろず部屋

□三千世界の山口を愛し。
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「…ツッキー…ゴメン、起きて…ツッキぃ……」

――…うるさい…山口……。

「うん…、ゴメン……でも、起きて…よぉ……」

身体が控え目に揺すられるのが判る。けど、まだ眠気の方が強い。山口め…、寄りにも寄って、一番眠りの深い処で起こしに来たな。――今、何時……?

「え…えっと、午前…2時…15分……」

――嘘。僕、寝たの1時近くだったんだけど。

「う、うん…知ってる……ゴメン…でも」

グズグズと鼻を啜る音と、完成なる涙声。また泣いてる訳…と、内心だけで息を一つ落とす。二十歳を過ぎた極一般的な男が泣くのにはそれなりの理由が必要だ。その、『それなりの理由』には心当たりがあるけれど…と、ぼんやりと思考しながら、僕は何とか己を覚醒させようと藻掻く。まだ、ダメ。目が開かない。声も出ない。眠い。寝てたい。……でも、そんな訳には行かない…か…。――もう、ちょっと、待って。

「うん…、ゴメンね…ツッキー…っ」

ヒックとしゃくり上げる音。ああ、起きないと。覚醒のよすがにと、彷徨わせた手にサラリと触れた感触。これはアレか。アレなのか。

僅かに高揚する意識が目覚めを近付ける。うん、もう少し。

「…ツ゛、ッキぃ…」

えぐえぐと涙混じりに、頼る者が僕しか居ないみたいに山口に呼ばれるのは嫌いじゃない。と云うか好きだ。まあ、実際、今現在山口が頼れるのって僕だけなんだけどね。僕がそうさせたんだけどね。でもさぁ、お前も少しは慣れて来ても良い頃なんじゃない?当事者のお前より僕の方が常に冷静ってのもどうなんだろ。でも、まあ、山口に頼りにされなくなるって状況は、僕の方が困るからこのままでも良いのカモ。いや、違う。訂正。このままじゃ無いといけない。だって。

だって、僕はまだ。

「――て、無い…」

声を出せた事に因って、やっと身体の全感覚を取り戻した僕は、それでもまだ重い目蓋を、何とか押し上げる。暗い。山口、灯りは点けて無かったのか。それにしても暗い――いや、黒い…?

「…ツ、ッキぃ…」

「………!!!!」

びくん、と思わず寝起きの身体が跳ねてしまった。

月島蛍、二十歳と数ヶ月の大学生。同居人に真夜中に起こされ、目を覚ましたら。

――貞○に見下ろされて居ました。(ビックリ)

「や…ま、ぐち……?」

寝たままの体勢でそう問い掛けると、黒い塊は此方へと一度傾いだ。

「…ツッキー…、お、俺……また…っ」

「ハイハイ、判ったから泣かないの」

黒の塊から僕の顔へと落ちて来る水滴が涙だけである事を願いながら、持ち上げた両手で黒髪を払えば、ソバカスの散った…よく知る泣き顔が露わになる。

ああ、確かに山口だ。…まあ、僕を起こしたのは山口の声だったし、この家の同居人は彼だけだ。この状況下で山口以外の人が僕の顔を見下ろしていたとしたら、そりゃ、本物の貞○しか居ないだろうってハナシだけどね。

「頭…重いよぉ…ふぇ」

「いや、ソレ、泣く程の事じゃ無いでしょ、っと」

「いた!痛い痛いっ、ツッキー、髪!髪踏んでるぅっ」

「あ、ゴメン」

起き上がろうと着いた手の下に、ベッドに広がっていた黒髪を巻き込んでしまったらしい。悲鳴を上げた山口に軽く謝罪すると、起こした身体で、今度は慎重に髪を避けて、僕は山口へと向き合った。

「コレは…また、豪快に伸びたモノだね」

「ぅ…ぅえぇぇ…っ」

「だから泣かない」

山口は正座の状態であるのに、更にベッドに髪が広がってるって事は、立ち上がったら膝くらい迄有るんじゃなかろうか。これだけ質量があれば、そりゃ、頭も重いだろう。(それでも泣く程だとは思わないケド)

それにしても長い。潔癖の気がある僕からしてみれば、山口のじゃなければ、ちょっと触りたく無いレベルの長さだ。

まあ、触るけどね。山口のだから。シーツに流れ落ちる一房を、僕は掬うように持ち上げた。あ、意外とサラサラしてる。結構気持ちいいかも。今気付いたけれど、アホ毛も長くなっている。

「…髪が伸びただけ?」

問えば、僕に髪を弄くられたまま泣き続ける山口はコクリと頷く。

「見せて」

「ぅえ?」

「見えない処に羽根とか尻尾とか生えてるかも知れないでしょ。確かめてアゲルから脱ぎなよ」

「は…羽根も尻尾も生えてれば判…って、え、ちょっ、ツッキぃいぃ!?」

山口の声を無視して、殆ど抵抗らしい抵抗も無いのをいい事に、パジャマのボタンを上から外して行く。現れた薄っぺらな胸には僅かな膨らみも無い、いつも通りのもので、微かに去来した失望感を押し隠して、僕は、ボタン全てを外し終えたパジャマの上をさっさと剥ぎ取ったのだった。


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