よろず部屋

□君達と話がしたいのです。
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「……オ゛バヨ゛…」

「………!!」

私、朝から毛が逆立っちゃいました。

青褪めた顔色。髪の寝癖はいつもの朝より三割り増しで、大きな上背は何だか揺れています。お口には白いマスク。そして何より、山口サンが「イケボ」と仰っていたお声は完全に割れていらっしゃいます。

「……っ……っ」

「ゆ゛え゛…?」

「月島サンが死んじゃうー!!!!」

「い゛や゛、…じな゛な゛い゛がら゛……」

あ、あ。言ってから咳き込まれました。いつもよりずっと丸まっている背中がお辛そうに波打ってらっしゃいます。猫ってこう云う時に不便です。摩って上げたいのですが、如何せん、私の前足は月島サンの背中に届きそうもございません。飛び付くのは出来ますが、今は流石にやってはいけない場面だと判ります。

「月島サン月島サンっっ」

結局、私はその足元でにゃーにゃー鳴く事しか出来ません。

「だ…じょ…ぶ、だから…ユエ…、も、寄らないで…、風邪…、…感染る…」

聞き取り難い月島サンの言葉をそう解釈して、私はこてりと首を傾げました。

「…月島サン…、私、猫なので人間の風邪は感染らないと思いますけど…?」

「…あ」

そう呟いた月島サンは、暫く廊下の壁と仲良くした後、

「……ユエに着いた菌で山口に感染るカモ知れないから…寄っちゃダメ」

と言い直しました。……月島サン、絶不調のご様子です。

「……ユエユエ」

こっそり、小さく呼ぶお声に目をやると、リビングの扉が薄く開かれ、そこから山口サンが覗いてらっしゃいます。隠れん坊でしょうか?けれど、月島サンはそれ処では無いのでは?

「山口!僕が部屋に戻る迄は出て来ないで」

滅多に無い月島サンの厳しいお声に、ビックリした私はその場で飛び上がりそうになりました。月島サンは何を怒ってらっしゃるのでしょうか?言い分も何だか理不尽な気がします。

「う、うん……判ってる…。ユエ、おいで」

再度呼ばれて、私は少しだけ開いたドアの隙間からリビングへと飛び込みました。

「山口サン山口サン!月島サンが大変です!死んじゃいそうです怖いです!!」

膝を着いて待っていて下さった山口サンに、両前足を掛けて私は訴えました。ちょっと支離滅裂でしたけど、山口サンは判ってる、って風に私を撫でて、仰いました。

「大丈夫。ツッキー、風邪引いただけだから。俺やユエの事、怒った訳じゃないから」

そう言う山口サンは、けれど、叱られた時の私みたいにしょんぼりしてます。いつもはぴょこんと跳ねてらっしゃる髪の一部も何だか元気がありません。

「…山口サンもお風邪ですか…?」

顔色は、月島サンよりはずっと良いですが、私が思わずそう訊いてしまう位に山口サンも様子がおかしいです。けれども、そんな私に、山口サンは少し笑って、首を振りました。

「違うよ。…風邪を引いてるのはツッキーだけ。………俺はね、感染るからって、…看病すらさせて貰えない」

そう言う山口サンは、泣いてしまいそうで私はどうしたら良いか判らなくなります。取り敢えず、にゃーと鳴いてから山口サンの膝頭に額を擦り付けたら、またちょっとだけ笑って私を撫でて、それから、「ユエの朝ご飯、今用意するから」と立ち上がりました。朝ご飯!すっかり忘れて居ましたが、私、お腹がペコペコです!お皿に注がれた『カリカリ』に、山口サンが「どうぞ」と言う前に顔を突っ込んでしまいました。…スミマセン、私、猫なんです……今更ですが、いただきます。

こんな処で何ですが、自己紹介させて頂きます。

私は飼い猫の月。月と書いて、『ユエ』と読むそうです。月島サン曰わく「厨二病丸出し」のこの名前は、私がこの家に来る前に付けられたと云う話です。「背中の模様が三日月だからそう付けたんだって」と、山口サンは仰ってました。三日月、知ってます。この前、山口サンと一緒に見ました。細いお月様です。指差して、「ユエとお揃いだよ」って言った山口サンは、それから、「月ってどんな形してても綺麗だよね」と呟きました。山口サン、それは月島サンの事では…?と思いましたが、私は黙ってました。偶には気を利かせる事も出来るんです、私。

私の飼い主は、月島サンと山口サンです。そして何を隠そう、このお二人は私…と云うか、猫の言葉が判る人間です。魚屋さんの看板猫のさんまさんに拠ると、「たま〜に居る」らしいのですが、月島サンも山口サンも、私がこの家に来る迄は猫の言葉が判った事など無くて、大変びっくりなさったとの事です(特に月島サンが)。

月島サンはとても背の大きいイケメンさん(山口サン談)で、山口サンは月島サンより少し背の小さな大きいさんで、とても可愛い方(月島サン談)です。


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