よろず部屋

□煙草と君とサンダルと
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「……悪ぃ」

「いや、俺、狩沢や遊馬崎に比べたらあんまし喋らねぇしな、うん、印象薄くて当然つぅか…まあな」

大して気にした様子も無く苦笑いを零す痩せた男に、その台詞に同調するのも憚られて、俺は取り敢えず口を噤ぐ。

「こっちはウチの奴等送ってって帰るトコなんだけど、平和島の旦那は?」

「コンビニ。煙草切れた」

門田と、いつもの姦しいのが居ない理由を簡単に明かす男…渡草にこちらも簡潔に応える。

「ふぅん、乗ってくか?」

「いや、いい」

「そ?」

「ああ」

知り合いを介した、余り良く知らない同士の短いやり取りは盛り上がる事も無く、会話はそこで終わりを見せるようだった。が、

「…しかし、アンタがここで俺と会話出来てるって事は、ありゃ、やっぱり折原臨也じゃなかっぅわ!?った!?なん!!?」

「何処だ?」

突然に、俺の手に因って車外に身体の半分を引っ張り出された男は、目を見張りながら、それでも流石門田とツルんでいるだけの反応の良さを見せた。

「ホラ、そこ。さっき俺が出て来たトコ、その路地を真っ直ぐ行った処で、折原臨也に似た奴がフラフラ歩いてんの見掛けたんだ、うぉとっ、よ!」

俺が重ねて問うよりも早く、早口でしかし正確にこちらに情報を与えた渡草を放り出し、その路地へとサンダルの爪先を向ける。

畜生、脇道に入るたぁ、ノミ蟲の分際で手の込んだ事しやがる。

その路地に入ると、成る程確かに嗅覚を刺激される不快感が強くなった。

臭ぇ、うぜぇうぜぇうぜぇ。

先程の一時薄れていた苛立ちにまたもや精神を支配されながら、臭いの方向へと足を運ぶ。走らねぇのはサンダルだからだ。しかし早く動こうとするとすっぽ抜けそうになるそれは、俺の苛立ちを余計に煽った。

“折原臨也に似た奴がフラフラ歩いて”

苛々と歩きながら先刻の渡草の言葉を思い出す。そういや礼を言うのを忘れたな、今度会った時に言わねぇと。思い、その連想で奴といつもツルんでいる門田の、ある時言った言葉迄ふと思い出した。

“臨也は時々、ネガティブな方向に集中力高くなるよな”

それを聴いた時のムカつきが俺の中に蘇り、別方向からの苛立ちが混ざる。

腹立つが、その指摘は事実だ。面倒臭ぇ事に。

ムカムカと腹ん中に積もる塊を刺激して来る臭いを辿って、行き着いたのは真っ黒なデケぇ箱……夜の闇の中ではそう見える、人気の全く無い廃ビルだった。

「……ここか……?」

と、誰に問うと云う訳でも無く呟くと、それに応えるかのように見上げた視線の先で小さく黒い影が揺れ動く。下ろした目線で見遣れば、外付けの非常階段が在った。地上と続く入り口には一応鎖が渡しては有ったが、幾らでも乗り越えられるそれは無断侵入者に対して、全くその役割を果たしてはいないようだった。

鎖を跨ぎ、階段へとサンダルを乗せる。カン、と耳障りな金属音。昇る毎に鳴る、カンカンカンと規則正しい音は、処々ガラスの抜けたコンクリートの内部に厭味な程響いて行く。

屋上への鉄錆の浮いた扉は、俺が開ける迄も無くぽっかりと口を開いていた。そこを潜ると、すぐに俺の瞳に映り込んで来たのは、フラフラと揺れる黒くて細い――人影だった。

――ナントカと煙は高い処に昇りたがる。

そのナントカとは、馬鹿だったか猫の事だったか。それは忘れちまったが、コイツは本当に高い処が好きだ。こんな屋上で、手摺りさえも乗り越えた端に立ち、下を見下ろしてニヤニヤ笑ってる姿は、見る度不気味だと思わざるを得ない。

しかし、今はそれとは別種の胸の悪さを感じる。

「………臨也」


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