よろず部屋
□煙草と君とサンダルと
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掛けられた俺の声に、その細身の人影が驚きを示す事は無い。当たり前だ。俺は此処迄気配も音も殺す事無く昇って来た。コイツは俺の存在をちゃんと認識して、こちらを向く事をしないのだ。
ゆらゆらと、何処かリズミカルに、そして不安定に影は揺れ動く――鉄製の柵の、異常に狭い足場の、その上で。
「臨也」
降りて来い、と言えばコイツは大人しく従うだろうか。判らない上でそれを口にするのは躊躇いが在った。
ゆらり。影は一歩を踏み出す。
「……………俺さぁ」
ぽつり。そんな感じで投げ掛けられる声。
「シズちゃんと昼間…いや、夜の時もあるけど…、殺し合いとか追っ掛けっこしてて、何度も死んじゃえって思うし、ナイフも本気で突き立ててるし、シズちゃんだって俺の事いつも殺す殺す言って自販機や標識投げたり振り回したりして来て、いつか殺されるんじゃないかって、本当、そう思うのに…」
のに。
言葉は俺に向けられたものであろうか。臨也は俺を見ず、その足下に広がる暗闇にただ投げ落とされているようにも見える。
「全然平気なんだ…。シズちゃんだってそうだと思う。平気、ムカつく、ちょっと楽しい、じゃあまたね……って」
ゆらりゆらり。足音のしねぇ歩み。猫のような安定が無いのは二足歩行のその重心の高さの為か。
足元を見なければの話だが、ゆるりとした足取りには危なげは無い。だからこそ、力任せにこちらに引きずり下ろすタイミングが掴めずに居る。
「……なのに、さあ。…何で……」
臨也の声は続く。
「何で、こんな風に…口喧嘩しただけで……、もう、駄目かな…って、思っちゃうんだろ………」
殺し合いの喧嘩の最中、俺が幾ら「殺す」だの何だの言っても何を投げ付けてもコイツは胡散臭い貌で、いつもへらへらと笑っている。そのクセ、二人で居る時の俺の言葉には、馬鹿みたいに…本当に馬鹿みたいに過剰反応しやがる。…勢いで出ちまった俺の一言に、顔色を変えて部屋を飛び出す位にそれは酷い。
「……何でだろ…、シズちゃんに捨てられるのかな…って、嫌われて、も、会えないのかな……って、思う…。俺、おかしいのかな……?シズちゃんは……?」
面倒臭ぇ奴だ。
殺し合いの最中、うぜぇ位滑らかに出て来る俺への罵倒は、一度ネガティブに傾くとコイツは自分へのそれにしちまう。
門田の言う通り、集中力の成せる技なんだろうが、面倒臭ぇ事この上ない。
判っていながら、この状況を作り出した自分にもイラつきを感じる。
……ああ。イラつくんだ。
「……俺は、…よ」
ひそり。口を開く。余りデケぇ声を出したくないのは、目の前のこの不安定な野郎を揺らしたく無いからだろうか。煙草が吸いたいと思った。紫煙を吐き出すあのタイミングが一番上手く喋れる気がする。
シズちゃんは……?
俺は。
「……ムカつくよ、手前が血相変えて飛び出して行く度、殴ってやろうかって位いつもムカついてる」
「……………そ……か……」
揺れる声。そうやって、俺に文句を言うのではなく自分の中に閉じ込めて、諦めめいた声を聴かせるコイツにイラつきムカつく。けれど。
けれど、だ。
「…そんで、次に…どうやって手前を連れ戻そうかって考える」
どんだけイラついてもムカついても、煙草もサンダル履きもコンビニも結局の処、言い訳にしかならなくて。
「………え……」
漸くとこちらを向いた白く小さな顔を見上げながら、俺は一歩を近付ける。カラ…と鳴る足音。鉄柵の上で立ち尽くす姿に、また一つカラリ。
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