よろず部屋

□さよならなんかは言わないで
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「だって、好きな娘には泣いて欲しくないだろ。……笑ってて欲しいじゃん」

「……確かにな」

「だろー?って、ぅわ!?なん!?」

突然伸びて来た2つの手に頭部を捕らえられ、そのままぐしゃぐしゃに髪を掻き乱されて縢は思わず声を上げる。

「何…っ、何だよ!?いきなり…っ」

「いや、お前、ホント可愛いわ。お兄さん、嬉しくなっちゃうー」

「ガ…キ扱いすんなよ!離せって!」

「好きな女抱きたいとも思わない野郎は、ガキで充分ですー」

「…っの!そっちこそ!コウちゃんとギノさんとはどうだったんだよ!?」

叫ぶように言いながら、縢は漸く佐々山の手を押しやるのに成功する。用心の為、一歩後退り、それから『どうだ』とばかりに胸を張って見せた。

狡噛と宜野座と、そしてこの佐々山の間に、その昔何かが有ったのは知っている。しかし、縢が知り得た情報は、断片と言うのも烏滸がましい位に僅かなもので、実際の処、『何かが有った』と云う事しか知らないとも言えた。

そんな事はお見通しであろう佐々山は、一度の瞬きの後、すぐにまたニヤリとした笑みを浮かべる。

「…知りたいか?」

「え」

「俺と、コウと、ギノ先生の間に何が有ったか知りたいか?」

「…そりゃ…知りたくない事も…」

無いけど。

言い淀む縢に、佐々山は変わらぬ笑みのまま、片目を閉じて見せる。

「その内話してやるよ。っ、!!」

「っ!!」

突然しかめられた佐々山の貌。縢も声も無いまま息を吐き出す。

また、脳裏に繰り広げられる映像。

……ああ、あの娘はやはり。

そして。

「…っっ!!」

思わず見遣った先の、その強張った貌に、縢は今更ながらもう一人が同じ映像を見ている事に気付く。

佐々山がくわえたままの、その煙草のフィルターを噛み締めるのに、縢はその場にしゃがみ込んで、先程乱された髪を更に自分で掻き乱す。

「あーもう、何やってんだよ何やってんだよ、とっつぁん!ギノさんどうするつもりなんだよっ!!」

何も出来ず、ただ知らされるだけの自分が酷くもどかしい。悔しい。泣き出してしまいたい。けれど泣けない。自分にはその資格は無い。

――きっと、泣きたい人間は、泣いてる人達はあっちの方に沢山居る――。

「……柾陸のとっつぁんもすぐこっち来るな」

苦い佐々山の声に、顔を上げないまま縢は頷く。

どうやらあちらとは、時間の流れ方が違うようだ。そんな事も判って来た。

きっとすぐ。

「オラ、シュウ」

縢の頭に乗せられたら大きな掌が、今度は乱れた髪を整えるように撫で付ける。

「笑え」

「…わあってるって、えーっと、…ササヤン?」

「おう」

ニカリと笑う佐々山を見上げながら立ち上がり、縢も同じように歯を見せて笑う。

笑顔で迎えるのだ。柾陸を。

そして、今は泣いてるだろうあの娘を思う。

泣かないで。なんて言葉はきっと届かないけれど。

願う。

――朱ちゃん、

君はゆっくりゆっくりこっちにおいでよ。

決して焦らないで。本当にゆっくりと。

そうだな。皺くちゃのお婆さん位になってから、ね。

そんな朱の姿を、想像しようとしてしきれず、縢は小さく笑う。

きっと、カッコ良くておっかない、とびきり可愛い皺々バァさんだ。

うん、だから。

「…じゃあね、朱ちゃん」

―――元気で。











END.
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