よろず部屋

□海の見える街にて
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「――おい、手前、エレンよ。これからもソレやる積もりなら、手前、ハンカチじゃなくて手拭い持ち歩け。今度、俺の顔や服に涙やら鼻水やら付けやがったら、タダじゃおかねぇぞ?」

グイグイと、鼻をへし曲げてやろうか?って位の強さで顔面押し当てられるのは、その柔らかさと兵長の言葉からタオルである事が判り、俺は窒息しそうになりながらもコクコクと頷いた。

「…手ぇ離すから自分で押さえろ」

「…ふはぃ、!、へぐっ」

言われて上げた手の、その指先に一瞬触れた体温に、変な声が出てしまったけど、兵長は気付かなかったようだ(しゃくり上げだと思われたのかもしれない)。いや、それは兎も角。

今度、と兵長は言った。それは、一度目があったと云う事だ。やっぱり――と云うか、既に確信はしていたけれど、やっぱり――、泣きながら意識を失った俺を部屋迄運んでくれたのはリヴァイ兵長だった。

潔癖症気味である人だ。顔中涙と鼻水まみれだった俺に触れるのも、ましてや運ぶなんて嘸や嫌だったろう。

みっともない。恥ずかしい。思うとまた眼球が熱くなり、俺はより強くタオルを顔に押し当てた。恥ずかしい。情けない。……のに。

なのに。

今朝起きた俺は、自分でするのよりずっとちゃんと寝間着を身に着けて、鏡に写った顔は腫れていたけれど、涙や鼻水の跡なんか残っていなかった。

恥ずかしい。申し訳無い。けれど、それ以上に。

この人の優しさが嬉しい。

「……っ」

思った途端、顔に当ててたタオルに、大量に水分が吸い込まれたのが判った。ああ、やっぱり。

「……ぃちょ…っ…」

「何だ?」

タオルで塞がれた、不明瞭な筈の声に、すぐに返事があって。

涙がまた出る。

「…っき、です…っ、ひぐ、俺…っ、貴方が好き…です…ぅ…ふぐ…、」

俺、貴方が好きで好きで大好きで、涙が出るみたいです。

「………そうか」

「……ぅ、ぅ、…っはい…ぃっ」

「……取り敢えず、さっさと泣いてしまえ」

やっぱり、色好い返事は無いけれど。

でも、リヴァイ兵長は、もう、「泣き止め」とは言わなかった。

好きです。兵長。

涙が出る位、止まらなくなる位、大好きです。

好きです。





「……でもさ、やっぱり涙が止まらねぇってのは問題あり捲りなんだよ。判るだろ?アルミン」

「う…、うん…?」

何故に疑問形だ?

「――いや、問題ありを主張するのはお前より、寧ろリヴァイ兵士長の方なんじゃね?」

「うっせぇな、ジャン、黙ってろよ」

んな事は判ってるから、こうしてアルミンに相談してるんだろうが。

この、旧調査兵団本部と嘗て呼ばれた古城は、俺を囲う為(本当は護る為、だったけど)にあてがわれ、俺の巨人化能力の安定が認定された後は、リヴァイ兵士長が新たに預かった精鋭小隊(俺含む!)の駐屯地として機能している。

そこに訪れたエルヴィン団長に同行して来たアルミンを捕まえた。「私はリヴァイと話があるから、その間は好きにしていなさい」との、団長のありがたいお言葉(ありがたい…本当にありがたいんだから、嫉妬は我慢だ、俺!エレン・イェーガー!!)に、早速相談を持ち掛けようとしたら、何故かジャンが付いて来た(どうやら護衛役として同行してたらしい)。邪魔だ、どっか行け。はっきりそう言ってやったのに、こめかみ辺りをピクピクさせながらもヤツはアルミンの横から動こうとはしなかった。困ったように笑うアルミンは何も言わないし。何?お前等そんなに仲良かったっけ?ちょっと拗ねるよ?俺。

ここで決断を迫られた俺は、仕方無く、ジャンに聞かれるのを承知で、アルミンに相談をする事にした。訓練兵団時代から犬猿の仲とも呼ばれて居た相手に己の恥を曝す事には多大な抵抗はあったが、団長付き、と云う立場になったアルミンは兎に角忙しい。今、ここで話せなければ次はいつ会えるのかも判らないのだ。

――そして、ジャンの茶々である。

本当、コイツ、どっか行け。

「……実はさ、前からリヴァイ兵士長の前で泣いてるエレンは時々目撃されててさ…、調査兵団内では『やっぱりリヴァイ兵士長は厳しい方なんだな』って噂になってたりするんだけど……」

「はぁ!?な、何だよ!?ソレ!」

「俺が聞いた噂は、その泣かされているエレンがそれでもどっか嬉しそうってんで、『エレン・イェーガーは新たなる扉を開けてしまったようだ』だったがな」

「ふっざけんなよ!!何だよ!?そりゃ!!ツクってんじゃねーよ!!」

「誰が創るかよ。手前の事なんか」

とんでもない事を言い出すジャンに歯を剥けば、ヤツは面倒臭そうに上げた手を振って見せる。ムカつく。本当にムカつく。


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