よろず部屋
□海の見える街にて
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しかし、自分の事故に反射的に怒ったけど、考えてみれば、俺の事を言ってるジャンの話の方がまだマシなのだ、と遅れて気付く。
「…な、なぁ、アルミン。その噂って、結構広まってるものなのか?」
「え?あ…あぁ、…どうだろ。でも、そんなに深刻なものでも無い…よね?」
よね?で、アルミンは視線をジャンの方に向ける。その視線を受けたジャンは軽く頷いて、肩を竦めて見せた。(どうでも良いけどお前等仲良過ぎくね?)
「まあ、元々あの人は怖い…っつーか、畏怖と畏敬の対象だし。手前の噂があっても無くても、他の奴らからすれば大して違いは無いと思うぜ」
アルミンは兎も角、ジャンが俺を気遣うって事は無いだろうから、多分それは事実なんだろう。それでも、嫌だと俺は思った。俺の、自分でも手に負えない悪癖の所為で、あの人がリヴァイ兵長が少しでも誤解されるなんて、嫌だ。だって、あの人は。
「……リヴァイ兵長は…そりゃ、確かに厳しい人だけど…!でも、その厳しさだって優しさの裏返しって言うか、すっげぇ部下思いの――」
あ、ヤバい。
「あ…」
「…げ」
アルミンとジャンの声が重なって聞こえた。
ヤバいと思った時には既に遅かった。
ボロリと、眼から大きな一塊が落ちたのが判って、それから後は、いつも通りなし崩しだった。
「…っ、う…」
「お、おいっ、気持ち悪ぃな!泣くんじゃねーよ!」
「っ、るせぇ…っひ、く…っ」
「待って待って!エレン!ちょっとリヴァイ兵士長の事考えるの止めて!えっと、えっと、超巨大なアップルパイの上でコサックダンスを踊る巨人を想像してみて!」
「想像出来ねぇよ!!」
反射的にそう返して、俺の涙は治まった。凄ぇ、今迄の最短記録だ(何がって涙が治まる迄の)。やっぱ、アルミンは大した奴だ。「俺も想像出来ねぇわ」とか何とか呟いているジャンは取り敢えずほっといて、俺は兵長の言い付けに従い持ち歩いているタオルで顔を拭った。
タオルなのは俺の涙(とついでに鼻水)の量が半端無いからだが、ハンカチみたいにポケットに納まる大きさでは無い為、腰のベルトに挟んで下げている。ちょっとオッサン地味てるが、まあ、しょうがない。
「…ごめん、アルミン」
「え?いや、びっくりしたけど…」
「俺には無しかよ」また余計なジャンの声は無視して、多少の気恥ずかしさで目を逸らしながらアルミンに頭を下げる。
「…驚いたけど、今のエレンの状況を思い返して、余計驚いたよ。ずっとそうなの?」
何処か呆れの混じったようなアルミンの声に、より気まずさが増して、俺は尖りそうな口元をタオルで隠しながら顎を引く。
「……だから困ってるんだろ…」
拗ねたようにくぐもる自分の声が情け無い。
「ちょっと前迄のエレンがリヴァイ兵士長が好き過ぎて涙が出る、ってのは理解出来る。片想いって苦しいし切ないものだしね。でも、君、この間言ってたよね?『リヴァイ兵長と両想いになれた!!』って。両想いになって、何で涙が出ちゃう訳?」
「だから困ってるんだっつってんだろ!!」
恥ずかしさの余り、つい叫んでしまった。けれど、アルミンの言葉は正しいし、俺の言葉も本心からだった。
泣きながらリヴァイ兵長に愛の告白をし続けた。そりゃもう、ずっとだ。お陰で俺は、泣きながら嗚咽としゃくり上げの合間を縫って、割合まともに喋る、と云う技迄会得してしまうに至った。それは既に、告白なんだか泣き落としなんだか判らない程ではあったが、そんな処に絆されてくれたのか、或いは俺の熱意が通じたのか、兎も角、兵長は、『しょうがねぇなぁ』って言って、俺の腕の中に納まってくれた。
すっぽりと俺の腕に納まってしまう身体が愛しくて、また溢れた涙を、あの人は避けずに受け止めてくれた(顔はしかめていたけれど)。
ファーストキスが塩味であった事を、俺は喜べば良いのか、哀しむべきなのか。
「俺だって、これでやっと訳判んねー泣きべ…涙から解放されると思ったんだよ!でもやっぱ、あの人見て、『好きだ、好きだー!!』ってなったらこう、涙がだーっと」
「出てしまう、と。ゴメン、追求したのこっちだけど、もういい。止めて。ちょっと恥ずかしい」
俺はもっと恥ずかしいっての。その言葉を呑み込んだのは、何やら酷く真面目な貌したアルミンが、正面から俺を見詰めて来たからだ。
「…ねぇ、エレン。すっごく失礼な事訊くけど、怒らないで答えて?」
「あ…、ああ…?」
「リヴァイ兵士長が、君の想いを受け止めてくれたって本当?君の思い込みとか、妄想じゃなくて?」
確かに『すっごく失礼』な質問だ。
「……ソレ、言われると結構キツい。俺だってたまに、自分に都合の良い夢でも見てるんじゃねぇかって思う時あるし」
本当は、たまに、では無くてしょっちゅう、だ。朝起きて、全部夢だったんじゃ無いか、と思う時が一番怖い。
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