よろず部屋

□海の見える街へと
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通常であればこの段階でエルヴィンを頼ったが、今回ばかりはそうも行かない。少し前にコイツの巨人化能力の安定が認められ、地下牢で寝る事は免除されたが、まだ全ての不安の種が摘み取られたって訳じゃねぇって事で、引き続きの監視体制が取られて居たのだから。

ちっと困った事になって来たな。

眉を寄せながら、何処かのんびりとそう思って居た矢先だ。クソガキは突然に泣き出した。

流石に一瞬固まった。表情も思考もだ。

取り敢えず泣き止む事を命じてみたら、余計に泣きやがった。大きな目から惜しげも無く大量の水滴を零し続ける。

いや、待て。

待て待て待て。

コイツは俺が泣かしたのか!?俺はうっかり決定的な一言でも告げちまったとでも言うのか!?固まった表情のまま上手く働かない思考がパニックを起こして空回る。

そんな俺の混乱を余所に、クソガキは泣きながら、涙と鼻水を大量に流しながら、大量の水分を含み切った不明瞭な声でいつもの台詞を告げて来やがった。

いや、違うだろ。まず涙を止めろ。

そうだ、涙を。

振り返るに俺は動転して居た。

止まらない涙なら、意識の方を止めてしまえば良い。

その短絡的な考えが最良の選択だと云う気になり、――結果、俺は、泣き続けるクソガキの頭部を両手で掴み、大きく勢いを付けた己の額をそこに激突させた。

まあ、所謂、頭突きってヤツを見舞ってやったのだ。

顔に塩辛い水滴が幾つも掛かった。

汚ぇな。

そう思った時には既に遅く、クソガキは俺に凭れ掛かる形で失神して居た。

意識の無い人間の身体と云うのは重い上に扱い難い。だがしかし、そうさせてしまったのは俺自身だ。その認識がある以上、廊下に放り出して済ませる訳にも行かず、仕方無しにヤツの部屋迄担いで運んだ。その際にも涙やら鼻水やらが服に付き、ちょっと処じゃなく不快だったが、自業自得だ。諦めた。

クソガキの部屋には幸いな事に鍵が掛かって居なかったから、俺(とガキ)はスンナリと室内に入る事が出来た(不用心だ)。

ベッドへと荷物を下ろし、見下ろせば、履いたままのブーツが目に入った。

そのままだとベッドが汚れるよな、と脱がせ、どうせだと服も着替えさせた。寝間着を着させ、お座なりに毛布を掛けてやったら、今度は顔にくっきりと残る涙と鼻水の痕が気になった。

ここ迄来ればもう、後一手間位は面倒だがいいかと云う気になる。濡らした手拭いで汚ぇ顔を拭ってやって終いとし、部屋を出た。

面倒臭ぇのが、更に面倒になりやがった。

つい零した舌打ちの音は、静かな廊下に思うより高く響いたが、幸いにも聴く人間は居なかった。



その翌日、酷く頼りなく鳴ったノックの音に、俺は読み終えたばかりの書類を机に伏せると、その横に置いてある手拭いに一瞥くれてから入室を許可した。

おずおずと、此方から目線を微妙にずらしながら入って来たのは、矢張りクソガキ、エレン・イェーガーだ。俺の顔を見ないまま、ヤツは勢い良く頭を下げて謝辞を述べた。

面倒臭ぇには違いないが、別段怒っちゃいねえ。寧ろ昨日動転した自分に後になって驚いた位だ。

そこ迄は言わず、一言だけで謝罪を受け取ると、矢張り、昨日の暴力が不当であると自覚がある分、ガキの頭(特に中身)が気になった。(因みに俺は石頭なので平気だ)

そこの処を問えば、クソガキはまたもや泣き出した。

備えあれば憂い無しとはこの事だな(壁外では幾ら備えても憂いが尽きる事ぁねえが、それは兎も角)、俺は素早く先程目をやった手拭いをヤツの顔面へと押し付けた。

またも意味不明の滂沱の涙だったが、2回目と云う事で身構えて居た分、此方も昨日のように取り乱しもせず、その様子を見て取る事が出来た。

先程迄目を通して居た書類の内容を思い返す。例の、ガキの審議の時に訓練兵団から提出された報告書の写しだ。

『エレン・イェーガー。格闘術に秀でる他目立った特技は見られないが、他ならぬ努力で徐々に成績を伸ばした。人一倍強い目的意識を持つ』と云う事と、併せて記載されて居たのは、『熱くなると周りが見えなくなる典型的な直情型』と感情面の指摘だった。だがしかし、幾ら直情的であるとしても、事ある毎に泣き出す奴が五席の成績を修められる筈が無い。仮に修められたとしても、この泣き方だ、報告書に特筆されない訳が無えだろう。

兵法会議の一件と、その前の地下牢での顔合わせ。そして、長くは無いが、そう短いとも言えない、監視対象としてコイツを眺めて来た期間を思う。

このクソガキは、元からこんだけ…こんな風に泣くような質では無かった。

では何故泣く?

自慢じゃ無ぇが、俺はガキ…子供を泣かすのは得意だ。俺がじっと見詰めれば大概の子供は泣く。


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