よろず部屋
□割とどうでも良い日常
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「つっきしまくんわぁ、おれに何か言う事無いですかぁ〜?」
明るく響く日向の声。その台詞に、月島は判り易く眉を寄せ、露骨に温度を下げた瞳でぴょこぴょこと跳ねる癖毛を見下ろした。
いつもの部活。本日のメニューは、みっちりストレッチの後、2チームに別れての本気対戦。その最中、田中の勢いそのままのスパイクは月島のブロックを弾き、零れたボールはたまたま同じチームの日向の元へとたまたま飛び、そして珍しい事にたまたま上手く拾われたそれは、東峰の手に寄って相手コートの床へと叩き付けられた。
そして冒頭の日向の台詞が発生する。
「…たまたま、偶然、奇跡的に上手く拾えただけでしょ」
「でも、おれがフォローしたのは事実!」
そう胸を張る日向に、月島は更に眉根を寄せる。何コレ。面倒臭い。
「…何か今日の日向、妙に食い下がるな」
「何でも、英語の小テストで初めて30点台を取ったんだと」
即席のチームメイトの囁き合う声が耳に入り、月島は長めの溜め息を吐き出した。
つまり、目の前のこの小さいのは調子こいてる訳だ。とても判り易く。
日向翔陽の調子に乗り易い性格を短所と見るか、長所として受け止めるかは、ケースバイケースだろう。
しかし、月島蛍と云う人間から見れば、それは殆ど欠点としか思え無い。だってウザいし面倒臭い。世の中全ての人間が子供好きだなんて思わないで欲しい。
まあ、ここで日向の言葉を完全無視しても何ら支障は無いだろう。ちょっとだけブーたれ、すぐに次のプレイに没頭して忘れ去るだろうから。脳みその容量が小さいのは色んな意味で楽だよね。
思いながら、月島はその小さな脳みそが入っているだろう、小さな頭を見下ろしていた。
『ありがとう』、若しくは『サンキュー』。ついでに『ナイスカバー』。
求められているのはそんな言葉か。
例えば。
意外性を狙って、その言葉を爽やかな笑顔付きで言ってみたら、どうだろうか。
一瞬浮かんだ考えはちょっと面白そうだが、その労力に見合うメリットを感じられない為、即座に却下される。
やはり完無視がベストな選択だろう。
思い、ふと上げた目線で、ネットの向こう側から此方を射殺さんばかりの勢いで睨んで来る視線と出会う。
例えば。
かの“王様”が今の彼の立場であったなら。
恐らく、影山クローとも云える技がこの小さな頭部を襲い、泣きを入れた日向が謝罪して終わり、となる事だろう。
そう考えて、月島は少しだけイラっとした。
“庶民”が、“王様”の真似をする必要は無い。それはもう、“庶民”の意地に掛けて。
いや違う。正直な処を明かそう。
月島は影山の真似をするつもりはかけらも無い。一切無い。全く御免と云う奴だ。なのにそれを思い浮かべた己自身にムカついた。
だから。
だからだ。
月島の、長身に見合った大きな掌が持ち上がる。
殴られると思ったか、或いは影山クローを思い出したのか、ビクリと揺れた日向の頭に月島は無造作に手を置き、その柔らかく跳ねる髪をぐしゃぐしゃと掻き回した。
「ハイハイ、日向君は頑張りましたねー、良いコですねー」
――棒読み。
無表情で全く抑揚の無い、棒読みの見本みたいな棒読みだった。
コート内にちょっとした沈黙が落ちる。
その中で月島はあっさりと手を引き上げると、掌をTシャツで拭いながら己のポジションと戻る。日向の汗に濡れた頭皮の感触は掌に酷く不快だったが、相手コートから先程よりもより鮮明に放たれる殺気と、虚を突かれたような他部員のマヌケな面々、それから向こうコートの片隅にポツリと浮かんだ表情を目にし、胸を満たす充足感に口端を吊り上げる。
そう。彼はとても満足していた。
少なくとも、この時点迄の月島のそれは、確かに真実であったであろう。
「ひ、日向?」
月島がポジションに戻ってからもその場で固まったままの日向に、此方チームのセッター、菅原はそう声を掛けてみる。
余りにもあからさまな子供扱いに、怒りで言葉が出ないのか、それともその怒りすら通り越したのか、くしゃくしゃに掻き乱された頭を抑え、日向はじっと俯き加減のままだ。
「あー、月島はー、うん、悪気は無い…と言うか、…悪意はあるんだと思うけど、まあ、気にする必要は無い…と思うんだ、」
けど。と、下向き加減の顔を覗き込もうとしたその瞬間、いきなり辺りの光度が上がった気がして、菅原はビクリと肩を震わせた。
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