よろず部屋
□割とどうでも良い日常
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「ひな」
た。と呼び掛けようとしたのは、この明るさが彼にあると知っているからだ。日向翔陽は、何故か物理力を持って周りの空気を左右する。そんなある意味恐ろしい少年だと云う事を、菅原は知っていた。
果たして。見遣った先に居るのは、顔を上げた日向。そこに浮かぶ表情は案の定、子供扱いされ馬鹿にされた者のそれでは無く。
………あー…。
菅原は心の中で嘆息する。
日向翔陽は、内面が表情にだだ漏れになる子である。
…月島。
お前、ババ引き当てたぞ、………と。
明後日の方向を向きたがる意識の中で、菅原はそう呟いていた。
***
「月島!はい、コレ!」
「…………は、ぁ?」
「スポーツドリンク!!」
「……そりゃ見れば判るけど」
月島が判らないのは試合終了後、何故日向がすっ飛んで来て、それを自分に渡そうとするか、だ。いつもなら…そう、いつもならば、休憩に入れば、お互い呼び合う訳でも無く、極々自然にあの“王様”の側に行く場面であると云うのに。
「んだよ?おれんじゃねーよ。き…清水先輩が作った新しいヤツだよ!」
日向の言葉に目を遣れば、確かに、3年の美人マネージャーが部員達にスポーツドリンクのボトルを渡して回って居る。
「あのさ、そうじゃなくて」
事実として、月島は回し飲み無しの人だが、差し出されるボトルを彼が受け取らないのはそれが理由じゃない。それ以前の問題なのである。
「?だったら何だよ!?つか早く!手ぇ疲れるってば!」
体力馬鹿の腕がこの程度で疲れる訳無いだろ。そう返す間もなく、グイッと更に差し出されたボトルをつい受け取ってしまう。月島蛍は、真っ正面攻撃に弱い男だった。
受け取ってから己のその行為に気付き、はっと目の前を見下ろすと、そこに在るのは日向のしてやったりの得意そうな表情。思わず零す舌打ちにもそれはびくともしない。
何なの。気持ち悪い。
苛立ち紛れに、受け取ってしまったボトルに口を着ける。その真意が判らなくて気味が悪いが、日向がこのスポーツドリンクに何か細工をしたとは疑ってはいない。隠し事や企みがまんま表情に現れる子供のそれが、このボトルの中身は大丈夫だと告げているから。
「………?」
一口飲んで息吐いて、そして月島はそれに気が付き、また眉を寄せる。
何故だろうか、日向の頭部が先程のこのボトルのように此方へと迫って来ている。気がする、なんてレベルじゃなくて、はっきりそうだと判る近さで。
「…………何?」
「……………」
向けられた旋毛に再びそう問い掛けても返事は無く、更に一段階近寄って来た。
気が付けば、先程よりも――試合の最中の、あの時よりも、“王様”の目線は殺気を放って月島を射抜いている。
なんか、もう、アレ、視線で人が殺せるんじゃない?
死んでやる気は更々無いけれど、良い気はしない。自分から仕掛けて反感を買うのは楽しいが、こんな逆恨みの状況は全く持って心外だった。
更に気付くと、各々雑談やら何やらをしていた部員の幾人かが日向の様子に気を止め、此方に関心を持ち始めている。
全てはこのチビの不可解な行動の所為である。本当に訳が判らない。判らない…が、顔が見えないのに何だかウキウキとした――何かを期待しているような雰囲気を発している、目の前の、このチビの。
「……あの、さぁ」
「あのさ」
声に日頃以上の険を込め、月島がその真意を問い質そうと口を開いたタイミングで割り入った声音。
視線を遣ればそこにはいつもの定位置に着いた山口の、少しだけ困ったような微苦笑がある。
「山口?」
「ツッキー、あのさ、日向はツッキーに頭撫でて欲しいんじゃないかな」
「…………………………………は?」
たっぷり30秒は掛かってやっと出した月島の声は、本心からだった故に酷く間抜けて体育館内に響いた。
何。判んない。撫でて欲しい?頭?何で?
山口の言葉に日向からの肯定の声は無かったけれど、その代わりとばかりに、更に月島へと接近する頭部。
そして、その彼から発散される、期待に満ちた空気。
―――うわ。
と、月島は思った。
……うわぁ。
と、その様子をそれとなく見守っていた排球部の面々も思った。
―――すっごく面倒臭い事になった。
………月島が面倒事を引き当ててやがる……。
漂うそんな雰囲気は月島の内心に更に重さを押し付ける。
……頭痛がしそう。
月島は気分そのままの息を、深く深く吐き出したのだった。
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