よろず部屋

□割とどうでも良い日常
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***

そして山口は言う。

「でも、日向の気持ち、ちょっと判るな。ツッキーの手っておっきぃから撫でられると何か安心するんだよね」

「判る!?山口判る!?そーなんだよな!ぐしゃぐしゃってするのに何でかほわってなるんだよな!何でか!!」

――山口、女子じゃ無いんだから、わざわざ同調してやる必要は無いんだぞ……!

――…しかし、日向の表現は相変わらず判るような判らんような……。

――いや、突っ込むべきはソコじゃないでしょうが!

――山口、月島に撫でられた事あんのかよ!?

――それは一体どんな状況で!?

――いや待て!!知りたくない!!

――興味はとてつもなくあるが、知りたくは無いぞ!!

――主に自分の為に!!!!

烏野高校排球部員の心は一つになってそう叫んだ。

無言で行われたその会話に参加してないのは、日向、月島、山口、影山の4名だ。一年生はまだまだ練度が足りない。まあ、きっと色々。

しかし、共感者を見付けてはしゃぐ日向とその相手をする山口、月島を睨む事に全精力を注いでいる影山とは違い、二つ名に『クレバーブロッカー』を戴く月島蛍は参加しないだけで、その空気は読めていた。

読めていたが故に、余計に苛立ちが増した。

再度言うが、月島は自分から突っつくのは好きだが、巻き込まれたり逆恨みされるのは大嫌いな人間だった。

勘弁して欲しい。

意図しない期待を持たれるのも、その為に謂われの無い逆恨みされるのも、……その所為で不用意な興味の対象とされる事も。どれもが月島の望むものでは無い。と云うより寧ろ遠避けたい。遠慮したい。何処か自分から離れた処でやってクダサイ。

「だから!なぁ!月島!ちょっとだけ!」

日向の遠慮が無くなった声に咄嗟に顔を上げ、そして目に映ったものに、ぷちん、と小さな音が頭の中で鳴ったような気が、月島にはした。

そして、その微かな、音にもならない音を一年以外の排球部員も聴いた気になった。

「…っつき」

「っ、ふに゛ゃ!?」

勇気ある一人――我らが副主将、菅原が咄嗟に月島を制しようと口を開いたその時に、踏まれた猫のような声は上がった。

「むににゃっ!?つき、つきしまっ!いだいいだいハゲるぅっ!!教頭になるぅっっ!!」

言ってはならない事を喚き、暴れる日向の頭部を片手で鷲掴みにしたまま、月島はずんずんと歩を進める。

影山程では無くとも、身長分の大きさとそれに見合った握力位は持っている。多少暴れるボール位なら月島だって片手で持てるのだ。

そして長いコンパスは、短いその距離をさっさと詰めた。

「ハイ」

「んみゅ!?」

「!?」

片手の荷物をその場所に放り投げると、先程の試合の最中と同じようにTシャツで掌を拭いながら、月島は不機嫌そのものの貌で言い捨てる。

「“王様”だったら家来の面倒位ちゃんと自分で見てよね。黙って睨んでないでさ。ホンット、“庶民”に迷惑掛けないで欲しいんだけど」

「っ、何が…っ」

「え?え?何?なに?影山?撫でてくれんの!?」

己の胸元に投げられた日向を咄嗟に受け止め、けれど、聞き捨てならない月島の台詞に抗議を上げようとした影山を遮って上がるのは、喜色の声。

――日向、家来で良いのか、気にならないのか…っ?

――…ならないみたいだな……。

可愛い後輩のスルースキルが若干間違った方向に伸びそうなのを心配する先輩達を余所に、更に間違った方向に向かいつつある日向の放つ期待の空気が体育館内の光度を上げる。

「っ、ぉ……おう…」

その胸元から離れる事の無いまま見上げる日向を見下ろし、耳処か首筋迄を赤く染めた影山が、ギクシャクと不器用に右手を持ち上げる姿へと背を向けて、月島はさっさと体育館を出て、渡り廊下へと歩を進める。

「ツッキー!何処行くの?」

すぐに追って来るいつもの声に、微かな苛立ちと普段通りの安堵を覚えながら月島は足を止めずに口を開いた。

「日向の頭、汗かいてて、手、気持ち悪いから洗って来る」

ついでに顔も。気分も悪いから。

そこ迄は口にしないで足を運んでいると、後ろにはそのまま付いて来る気配。そうだ。いつもの通り。付いて来るな。先に戻れ。そんな指示をしない限り、山口は月島に付き従うような位置にその身を据える。勿論、それが絶対では無い。山口にも要望があれば、遠慮しながら月島に伝えるし、月島の方も必要の無い無理強いはしない。それは、“概ねいつも”であって、“絶対”では決して、無い。

「………」

ふと、月島は立ち止まり、身体毎山口を振り返った。

「わ!?な、何!?ツッキー!?」


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