よろず部屋

□右手と左手の物語
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僕達は――僕と山口は、キスをする。抱き合う事だってするし、もっと言うと、セックスだってする。

二人切りの時に。

僕と山口はそう云う意味で、“お付き合い”してる間柄なのだから当然の事だ。

僕は、キスした時に僕の服を握り締める山口の手が気に入ってる。抱き締め合うと僕の背中に回されるのも。この間のセックスでは互いに指を絡め合って絶頂した。あれは気持ち良かった。

けど、まあ、だからと云う訳では、決して無い。うん、どちらかと言えばそれは関係無い。多分。

僕は男で、山口も男で。部活は別に恋愛禁止じゃないけれど、そんな事は関係なしに大っぴらには出来ない交際だ。セックスしてるかどうかは問題では無く。

山口の唇を何度塞いで舌を貪っても。ひょろりとした体躯を折れそうな程に抱き締めても。その身体を貫いて、身も世も無く泣かせても。それを知るのは、僕と山口だけ。恋人同士なのだから、それで良い筈なのに。

恋人同士のように。

僕の左側、バレーボール一つ分よりは離れて居ない山口の右手が視界を擦める。

良い筈なのに、時折、どうしても思ってしまう事がある。

僕等は、恋人同士のように手を繋いだ事が、無い。と云う事を。

単純に手を繋いだ事だけならある。出会ったばかりの小学生の頃。今と変わらず…いや、子供だった分、今よりももっと鈍臭かった山口は、集団行動に遅れる事が多くて、僕は何度か手を引いてやった覚えがある。「ゴメン、ゴメンね、ツッキー」そうべそべそと泣く山口は、今思い返せばとても可愛かったが、当時の僕は、面倒なヤツ位にしか思ってなかった。ああ、僕も昔は馬鹿だった。それは兎も角。そして中学に揃って入る頃には、男同士は手を繋がない、そんな一般論に逆らう理由も無く、山口はいつも僕の側に居たけれど、そう云った接触は無くなっていた。

やがて芽生え、ゆっくりと僕の中で育って行った想いは、高校で成就した。

キスして抱き締め合ってセックスして。それらの全てを山口として。山口だけとして。

でも、恋人として手を繋いだ事は無くて。

言えば、山口は手ぐらい繋いでくれるだろう。嫌がる事も無く。

但し、二人切りの時に。

山口は恥ずかしがり屋だけど、そう云った感情からじゃなく、多分、彼の中には、太陽の下で僕と手を繋いで歩く、と云う考え自体が無い。
それがまた、僕の何処かにもやっとした思いを発生させる。

だけど。

だけど、さ。

僕は気が付いたんだよ。二つの事に。

つまり、今段階で山口からの拒絶の可能性は無いって事。

それから。

天辺に校舎を望む坂道に差し掛かると、途端に地元の方々の姿が無くなる。坂の上にあるのは烏野高校だけだし、散歩コースにするにはちょっと傾斜があり過ぎる。きっと、そんな理由。

そして。強くなる為には朝練は必至。けれど、運動部全てがそれを目標と掲げて邁進してる訳じゃない。楽しく和気あいあいキツい練習よりも楽しむ事を。そんな部も結構ある。良いんじゃないかな。それはそれで。高が部活。タダノブカツ君。かく言う僕だって、男子排球部の、“朝練は全員参加当たり前”の雰囲気が無かったら、参加していたかどうかは微妙だし。まあ、山口が楽しそうだから付き合うけれど。兎も角。

何が言いたいかって、朝練の為に早く登校する生徒はそう多くは無いって話。更に、それより早い生徒となると、それはもっと少なくなる。

僕がその事に気付いたのは、間抜けにも昨日の朝、部室への階段を昇ってる時だった。ああ、山口の事鈍臭いなんて言ってられない。僕も大概抜けている。


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