よろず部屋

□右手と左手の物語
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けれど、気付いたんなら機会を棒に振る腑抜けで居るつもりも、僕には無い。

さり気なさを装って辺りを窺うも、僕達以外の人影は――一般の方々も生徒も――ナシ。

隣へとチラリと視線を遣れば、今日の授業の事なんか話してる山口の右手はぷらぷらと揺れている。距離はバレーボール一つ分以内。偶然に触れ合う事はなくとも、不自然に腕を伸ばす事なく届く距離。

ポケットに半分突っ込んだ手の内側がジワリと濡れたのを感じた。今日も暑くなるらしい。

ちょっと心拍数が上がったかな。心臓破りの坂とも言うしね(但し駆け上がれば、の話だけど)。

ハイ、息一つ。

ポケットから出した左手に風が触れた。

その手を―――

「やっまぐちぃ!!早く早く!部室と体育館開けてくれよぉっ!」

……朝の静寂を破壊するのは、雀なんかより何倍も喧しい甲高い少年声。

「…え、日向!?もう来たの…っ?」

山口の声と同時に僕も同じモノを見付けていた。

坂の頂上、校門前で忙しく上下する、陽光を浴びてより明るさを増す癖っ毛。

――ナンで、あのチビ猿は一々飛び跳ねながら喋るんだろうね。

自転車がその手許に無いって事は、駐輪場に置いて、かの王様と部室迄へ一勝負(つまりは駆けっこだ)やらかし、其処で鍵が開いて無い事に気付いて此処迄迎えに来た…と云う処だろうか。全く傍迷惑この上ない。

「はーっやく!鍵鍵!部室!体育館!バレー!!」

「けど日向ー?昨日は普通に来てたじゃん?」

「昨日は!たまたま!寝坊した!いつもはこの時間に来てる!」

だから、何で、一言毎に飛び跳ねるのさ。

チビの話を端的に言うのなら、つまり、他の先輩方にもこうやって迷惑を掛け捲ってるって事だ。十中八九、王様と共々に。

僕を見上げる視線を感じて目を下ろせば、同じ事を考えていただろう山口の微妙な表情に出会う。

「あー!もー!!山口早くって!!」

「…え?…え!?ぅわっ!?ちょっ」

つい立ち止まり、顔を見合わせた僕等に焦れたらしい日向は、飛び跳ねるのを止めて、一目散に此方へと駆けて来る。ちょっと、何?そのスピード。速過ぎない!?

思った僕が口を開くより先に、山口が攫われた。

「早く早く早くぅ!!」

「ちょっ、ひな、はや!はや!!ツっ、ツッキー!俺、先に行ってるからぁあぁぁぁ」

残響を残して、日向に引っ張られた山口の姿は校門向こうに瞬く間に消えて行った。直後に、「あ!日向ボゲてめぇまた……!」って声が一瞬聞こえて遠ざかって行ったケド、だからナニ?の世界。

為す術も無く佇んだ僕の胴体の横、ブラリと垂れ下がった左手が嫌に涼しい。

……そうだね、もう9月だからね。わあ、小さい秋見ぃ付けた。

だーれかさんがだーれかさんがだーれかさんがみぃつけたー

脳内再生の曲をBGMに何だか寂寥感溢れる左手を、再びポケットへと納め、僕は歩みを再開する。猫背良くない。

うん、本当、良くない。

僕が繋ぐ筈だった山口の右手。

掴んで去ったのは、バレーボールを片手で掴む事すら出来ない、ちっさな手。

――うん、実に良くない。

良くない。

…じゃあ、取り敢えずだ。取り敢えず。

今日の練習は覚えていろよ、あんのクソチビ……!!

















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