よろず部屋

□無題
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そう、息を吐いた処で、折り曲げた脚の、その足裏で肩を蹴られた。押しやる動きに身体が離れる。ズルリ、と抜け出る感触が気持ち悪くて背筋が震える。ああもう、禄なモンじゃない。

足癖悪い。言ってやろうかと思ったけれど、それすら面倒臭くて、僕は倦怠そのままの緩慢な動作で、外したコンドームの口を縛る。生温い体液。精子は女性の胎内では数日生きてられるんだってね。このナカではどれ位で死滅するんだろうか。けれど、今はまだ生きてるよね。……キモチワルイ。

ティッシュの箱を捜して、その途中で見付けた眼鏡を掛けてから神経質な位多めにペーパーを引き抜いた。

大量のティッシュペーパーの中に使用済みコンドームを埋もれさせて、不快でしょうがないけれど、そのままバックの中に突っ込む。だって、この部屋の屑籠にコレを捨てる訳にも行かないし。

思いながらも顔を顰めてれば、素肌の部分に触れる風を感じて、目を遣ると、半分程開けた窓の側でもそもそと服を着る日向が居る。

目線を何処でも無い畳の上に落として、むっつりと閉じられた口はひたすら無言だ。

最近はこんなモンだ。最初は泣いていた。慣れて来ると泣かなくなり、こんな風に押し黙るようになった。不機嫌にも見える態度は、まるで此方だけに責任を押し付けて来るようで不愉快そのものだったけど、泣かれるよりは罪悪感が少ないから放置している。どんな態度を取ろうとお互い共犯者の立場は変わらないんだし、煩いよりはマシだから。

室内に籠もった臭いと熱気は薄らいではいるけれど、完全に消える迄はまだ少し時間が掛かるカモ。…そして、この部室の今日の鍵当番は日向だ。

「……僕が鍵、閉めとくから、君、帰れば?」

此方も衣服を整えながらボソリと告げれば、大き過ぎる瞳が訝し気に向けられる。

「まだ、換気に時間掛かるでしょ」

徒歩通学圏内の僕と違って、山一つ自転車で越えて来る日向だ。余り遅く帰らせるのも何だろう。鍵は明日の朝練前に渡せば良いのだし。

思う中で見詰めれば、日向は少し考えた後、小さく顎を引いた。どうでも良いケド、普段もその半分で良いから静かに出来ないものかな。

入り口近くの棚に鍵を置いて、出て行くのを音だけで捉える。

挨拶なんて勿論無い。僕等の関係にはそんなモノ存在しない。

「俺、今日、こっちだから」「うん、じゃあ、またね」そんな言葉を僕と交わすのはたった一人だけ。そしてそれが交わされたのは、ここに来る前。

汗の乾いた皮膚の上を窓から入り込んだ空気が撫でる。

――山口は、まだ特訓中だろうか?それとももう終えて、帰路に着いたのか――。

思えば、胸の中心に宿る重苦しい熱さと共に、己の中にまた積もって行く欲を感じる。

さっき出したばかりなのに。この部室にはまだその気配が濃厚に残ってると云うのに。

山口の事を少しでも考えれば、僕の中の欲求はすぐに溜まり始める。

汚い。醜い。最低。最悪。

そんな言葉で自分を罵倒しながら、溜まると吐き出したくなる。

本当は山口に。

けれど出来ないから、その代役に。

同じような想いを抱える、同じ位惨めな存在に。

半分開いた窓から見上げた空は何処迄も黒く。月も星も見えやしない。この部屋と僕達と同じく、何処迄も澱んで腐って八方塞がりのようで。

泣き出したくなる。涙なんて出ないけれど。

夜の校庭を横切る小さな影なんて、僕のナマクラな目では捉える事は出来ない。

何も見えない。何も。

どんな光も、僕には――きっと、僕等には見る事は出来ない。




END.
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